「AIに『人間らしさって何?』と聞いたら、少し人生が見えた」
最近、仕事より本を読んでいる時間の方が面白い。
別に仕事が嫌いになったわけじゃない。
15年以上同じ業界で働いてきて、ある程度は仕事の構造が分かるようになった。
どうやったら利益が出るのか。
どう段取りすれば現場が回るのか。
どこで問題が起きやすいのか。
もちろん完璧ではないけど、昔みたいに毎日が分からないことだらけではなくなった。
そうなると不思議なもので、最近は仕事そのものより、
「人間って何なんだろう」
みたいな、答えのないことを考えている方が面白い。
歴史、地政学、宗教、進化論。
最近こういう本ばかり気になるのも、たぶん同じ理由なんだと思う。
そしてAIを毎日のように使うようになってから、この問いを前より考えるようになった。
「人間らしさって、結局なんだ?」
少し前まで、文章を書くことは人間の能力だと思っていた。
絵を描くのもそう。
知識を集めて、考えて、誰かに説明することもそう。
でも今はAIが普通にやる。
しかも自分より速く、自分よりうまくやる。
じゃあ知能が人間らしさなのかというと、それも怪しくなってきた。
記憶力でもない。
計算能力でもない。
文章力でもない。
創造力ですら、もう人間だけのものとは言い切れない。
じゃあ何なんだろう。
そんなことをAIと話していたら、一つだけ妙にしっくりくる言葉が出てきた。
人間は、有限だからこそ意味を求める存在なんじゃないか。
これが今のところ、かなり腑に落ちている。
人間には時間制限がある。
いつか死ぬ。
親も老いる。
子供も大きくなる。
友達とも、いつまで一緒にいられるか分からない。
今住んでいる家も、今の仕事も、今の人間関係も、ずっと続くわけじゃない。
当たり前の話なんだけど、よく考えると人生の価値って、この「終わる」という前提から生まれているものが多い。
もし人生が無限だったらどうだろう。
本は100年後に読めばいい。
旅行は来年じゃなくて1000年後でもいい。
親とはまたいつでも会える。
子供との時間だって無限にある。
そうなったら、今日という一日に今ほど価値を感じるんだろうか。
たぶん感じない。
桜が毎日一年中咲いていたら、春に桜を見に行こうとは思わない。
子供がずっと5歳のままだったら、あの頃はかわいかったな、なんて思わない。
夏休みが永遠に続いたら、夏休み最終日のあの妙な寂しさもない。
終わるから、大切になる。
ものすごく単純なことだけど、最近これが人生のかなり根っこの部分なんじゃないかと思っている。
そう考えると、昔より「何に時間を使うか」を考えるようになった理由も分かる。
仕事で偉くなる。
もっと稼ぐ。
いい物を買う。
それも別に悪くない。
俺だってお金は欲しいし、働かなくていいなんて思っていない。
でも、それ自体が人生の目的かと言われると、最近はかなり違和感がある。
なぜなら、お金も仕事も結局は有限な人生の中で使う道具だからだ。
年収が上がった。
役職が上がった。
会社で評価された。
それで、
その増えたお金と自由で何をしたいのか。
結局そこに戻ってくる。
本を読むことが最近面白いのも、たぶん同じだ。
歴史を知ったところで給料は上がらない。
地政学を知っても明日の仕事が楽になるわけじゃない。
「人間とは何か」なんて考えたところで、おそらく一生答えなんて出ない。
でも面白い。
知らなかった世界を知りたい。
自分が生きているこの世界が、どうやってできたのか知りたい。
昔の人間が何を考えていたのか知りたい。
自分が死ぬまでに、できるだけ多くのものを見て、知って、考えてみたい。
これも結局、
限られた人生に、自分なりの意味を与えようとしている
ということなのかもしれない。
AIはこれからもっと賢くなる。
俺より知識を持つだろうし、俺より文章もうまくなるだろう。
仕事だって、かなりの部分で人間を追い越すと思う。
だから「AIに負けない能力は何か」を探し続けても、たぶんキリがない。
それより
限られた時間を何に使うのか。
こっちの方がずっと人間らしい問いなのかもしれない。
誰と過ごすのか。
何を見たいのか。
何を知りたいのか。
何を大切にするのか。
そして最後に、
「まあ、悪くない人生だったな」
と思えるのはどんな生き方なのか。
AIは答えを出してくれる。
でも、その答えを使って自分の人生をどう生きるかまでは決めてくれない。
たぶん、決めてもらうものでもない。
人間は、有限だからこそ意味を求める存在。
死ぬから、今日に価値がある。
失うから、大切にする。
終わるから、今を選ぶ。
人間らしさって何なんだろうと考えていたら、
結局、
「じゃあ自分は、この有限な時間を何に使いたいんだ?」
という問いが自分に返ってきた。
まだ答えはない。
でも最近は、答えがないからこそ考えるのが面白い。
たぶん、こういうことを考えてしまうこと自体が、人間らしさなのかもしれない。
