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現四通信はガロである | トラットヴィーヴァたけし

こんにちわ、音楽ライター・編集者 トラットヴィーヴァたけしです。

みなさん、ガロは知っていますか?

ガロという伝説

1964年に生まれた漫画雑誌『ガロ』。
そこでは、掲載料はほとんどなくても、作家は思い切り描くことができました。
編集部は細かく口を出さず、自由に尖った作風を許したのです。

つげ義春の『ねじ式』、蛭子能収の奇妙なナンセンス、みうらじゅんの若き日の作品……
“ガロ系”と呼ばれる数多くの才能が、そこから飛び立っていきました。

編集長・長井勝一が大切にしていたのは、
「商売よりも、作家に表現の場所を与えること」
「世の中から差別をなくすことを底に持つこと」
ただその2つでした。

現四通信に流れるもの

現四通信もまた、似ています。
報酬や効率よりも、「好きに書ける空気」「違和感をそのまま載せること」を大切にしている。

批評と概念と作品が入り混じり、
「4コマ関係なくてもいいの?」「たらこたらこたらこ?」と首をかしげるページがあってもいい。

編集が強く介入しないこと。
それ自体が編集方針。

ガロから現代へ

『ガロ』から生まれた作家たちは、漫画を超え、美術や文学、サブカルチャーへ広がっていきました。
“ガロ的”な実験精神は、いまもZINEやインディーズ漫画、そして現代アートに息づいています。

現四通信もまた、現代4コマの外側へにじみ出し、
「意味がわからないけど面白い」
「ルールから逸脱しているからこそ豊か」
という感覚を肯定し続けています。

現四通信はガロである

掲載料がなくても、そこに自由がある。
尖った作風が歓迎され、
新しい才能が芽を出す。

そう考えると、現四通信は現代のガロである。
もしガロが令和に存在していたなら、
きっとこんなかたちだったのかもしれません。



(文:トラットヴィーヴァたけし)

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