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mini旅行記|彦根(5) 夢京橋キャッスルロードと足軽組屋敷群

彦根城の見学がすべて終わったので、城下の商人町へ移動します。目的地は「夢京橋キャッスルロード」です。

彦根城内堀

博物館を出てから表門橋を渡り、内堀沿いを近道して城下に向かいました。

旧西郷屋敷長屋門

途中に「旧西郷屋敷長屋門」がありました。彦根藩の家老だった西郷家の武家屋敷が残っているようです。薩摩の西郷隆盛とは別人ですね。

彦根城中堀

中堀に到着しました。

京橋の向こうが商店街

中堀に架かる京橋を渡ると、そこが「夢京橋キャッスルロード」でした。道幅が広く電柱もなく、スッキリ小綺麗でした。

夢京橋キャッスルロード

名前負けしていないかと半分心配して来ましたが、結果は一見の価値あり商店街でした。格子に白壁と統一されていて、江戸時代の町人町のようでした。

昼食に十割そばを食べて、再び探索しました。

宗安寺の外塀

お寺の白い外塀が見事でした。

振り返って見たキャッスルロード
かねやす佃煮店

お寺の隣りの佃煮店でおみやげを買いました。「手づくり湖魚佃煮」の旗。美味しそうです。

店に入ってみたら、誰もいない… 何回か呼び鈴を鳴らしたのですが人の気配がない… 諦めて帰ろうとしたら奥からおばあさんが出て来ました。

奥に細長い家なのでよく聞こえかったのでと話していました。間口の長さで税金が決まっていたとか。間口2間に対して奥が長いようです。

道路に対して斜めの間口

その間口もお城の守りのためか、道に対して斜めにすることが義務付けられていたとか。馬でお城に向かう兵を見つけやすかったのかな。そして、間口の長さが割り増しになって、もしかして税金割り増しではないかと勝手に心配しました。

お城に向かうこの街道は馬が通れるだけの細い道だったけれど、皆の努力で広い道路の商店街に生まれ変わったという話でした。昭和時代に始まり毎年4軒づつ建て替えてきたそうです。白壁は本物の漆喰なので手入れが大変そうです。

一見客なのに詳しく説明してくれました。彦根の人達は皆そうでしたが、とても親切でした。

↑かねやす佃煮店

購入したおみやげは、小鮎の佃煮とゴリの佃煮でした。おばあさんの手づくりだそうです。温暖化で琵琶湖で捕れる魚が少なくなってしまって、今はこの2種類しかないとう話でした。

写真を撮る前に食べてしまいました。すみません。美味しかったです。ゴリは琵琶湖の極小の魚でした。今では高級食材だとか。

さて、商店街の探索が終わって、次に足軽組屋敷へ向かいました。200mくらい先です。

外塀だっただろう場所の向こう側が足軽組屋敷の町でした。足軽が組織としての組になっていたためのネーミングのようです。

旧彦根藩足軽組屋敷・辻番所

この辻番所はブラタモリの番組で見たので来てみたかったのです。直線であるべき道が交差点でずれていました。確かに辻番所の窓から通行人をチェックすることができます。

この辻番所は土日に公開されているようです。

他にもこの住宅街に何軒か足軽屋敷が点在して残っていました。それぞれ個人住宅だと思いますが、維持管理が大変そうだな。

これで足軽組屋敷の探索終了。キャッスルロードに戻ります。

次回は、(6) 四番町スクエアと河原町芹町地区を投稿します。


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