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真夜中の配信者

眠りの向こう側
家の灯りが一つ、また一つと消えていく。

「おやすみ」と言ったあとの静けさが好きだ。

子どもたちの寝かしつけを終え、
規則正しい呼吸の寝息が聞こえるのを確認した後

私は静かにリビングへ移る。

誰も僕を必要としない時間。
それは少し寂しくて、そして何より贅沢な時間だ。

本当なら寝たほうがいい。

明日の仕事のために。
明日の家事のために。
明日の父親でいるために。

分かっている。

分かっているのに、僕はそっとイヤホンを耳につける。

ケータイのアプリをつけ、深夜の海へ飛び込むように音声配信を始める。

「こんばんは」から他愛もない話を1人で喋り続けている

私の声に興味を持って画面の向こうから、
「〇〇さんが入室しました。」

「こんばんは」とご挨拶に私も返す

年齢も仕事も性別も住んでいる場所も知らない。

明日には二度と会わないかもしれない人たち。

だけど、そんな人たちとの会話は不思議と心が軽くなる。

誰にも見せていない本音を話したり、
くだらない話で笑ったり、
今日あった小さな出来事を語ったりする。

現実の世界では肩書きがある。

親であること。
夫であること。
社会人であること。

そのどれも大切なものだ。

けれど深夜の配信では、
僕はただの「僕」になれる。

何者でもない一人の人間として、
誰かと話すことができる。

それが心地いい。

思い返せば、配信を始めた理由は単純だった。

家族ができて幸せです
今の生活、楽しいです

でもその一方で、
人生の中から少しずつ消えていくものもあった。

新しい出会い。

偶然の再会。

気軽に飲みに行く約束。

学生時代のように、
ただ友達を作るためだけに誰かと話す時間。

大人になるということは、
手に入れることと引き換えに、
失うことでもあるのだと知った。

友達が欲しかった。

ただそれだけだったのかもしれない。

もう一度、
誰かとたわいない話がしたかった。

仕事の話でもなく、
家庭の話でもなく、
「僕」として会話がしたかった

そんな気持ちを抱えながら、
僕はマイクを握った。

もう一つ理由がある。

昔の仕事は話すことが中心だった。

人の前で説明し、
会話し、
言葉を紡ぐ毎日だった。

けれど今の仕事は違う。

パソコンに向かい、
数字や書類と向き合う時間が増えた。

気づけば以前より言葉が出てこない。

話すことが下手になった気がした。

言葉は筋肉と似ている。

使わなければ衰える。

だから配信は、
友達作りであり、
訓練でもあり、
そして自分自身を確認する場所になった。

今日も誰かがコメントを書く。

「仕事お疲れさま」

たった一行。

それだけなのに胸が温かくなる。

会ったこともない人の言葉が、
一日の疲れを溶かしていく。

画面越しの関係なんて薄いものだと、
昔は思っていた。

でも違った。

顔を知らなくても、
声だけでも、
心はちゃんと触れ合える。

深夜二時。

時計の針が進む。

本当ならもう寝なければいけない。

明日は早い。

分かっている。

それでも話してしまう。

笑ってしまう。

この時間が終わるのが惜しくなる。

睡眠か。

好きなことか。

今でも毎晩その選択をしている。

正しい答えは分からない。

もしかしたら明日の朝、
眠気で後悔する日もあるだろう。

それでも僕は今日も配信をつける。

なぜなら、その数時間があるからまた頑張れるからだ。

家族が眠る家の片隅で。

静かな夜の中で。

名前も知らない誰かと笑い合う。

それは逃避なのかもしれない。

息抜きなのかもしれない。

あるいは現実を生き抜くための、
小さな酸素ボンベなのかもしれない。

真夜中の画面の向こうには、
今日も誰かがいる。

僕はマイクに向かって話しかける。

「こんばんは」

その一言から始まる物語を、
今日も少しだけ生きてみる。

かつて失ったと思っていたつながりは、形を変えてここにあったのだ。

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