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千載一遇(せんざいいちぐう)

創作劇「千載一犬 ― 天下を決する出会い」


登場人物

曹操:野心満々の君主。

荀文若:賢臣。冷静だが皮肉屋。

犬の精:なぜか千年に一度現れるという黄色い犬。

従者:お調子者。観客の代弁者。

第一場 草原にて

(曹操、馬上にて振り返り、荀文若を見やる。)

曹操:「あれなるは……もしや、千載一遇の人物やも?」

(犬が横から飛び出し、得意げに)
犬:「ワン! いや違う、私だ! 千年に一度出てくる犬の精!」

従者(腰を抜かし):「犬でございますか! それが天下を決するお方に?」

荀文若(腕を組んで冷笑):「殿、犬まで拾い上げるとは。人材難もここに極まれり。」

マンガ「千載一遇」

第二場 論戦

曹操(真剣に):「いや待て。名馬は伯楽が見なければ埋もれる。もしや賢犬もまた、名君が見出すものではないか?」

犬(胸を張って):「そうとも! 世の英雄たちは皆、人材を求めるが、犬材を忘れている! だから乱世が終わらぬのだ!」

従者(小声で):「犬材って初めて聞きましたな……」

荀文若(皮肉たっぷりに):「殿、千載一遇の機会とは、たいてい後になって『あれが好機だった』と気づくもの。目の前で吠える犬を、後世の史書がどう記すやら。」

曹操(むっとして):「後世の史書など、勝った者が書くのだ!」

犬(横から茶々を入れる):「その勝ち負けも、犬の応援次第よ!」

第三場 混乱

(犬が尻尾を振ると、なぜか軍旗がバタバタと倒れる。)

従者(大慌て):「おおっ、犬が旗まで動かしましたぞ!」

荀文若:「……殿、どうやらこの犬は好機をもたらすより、混乱を招く方がお得意のようで。」

曹操(悩ましげに):「だが、これもまた千載一遇の出会い。逃せば後悔するかもしれぬ。」

犬(自信満々):「そう! 失えば慨嘆必至! 得ても役に立つかは不明!」

第四場 結末

曹操(高らかに):「よし! 荀文若よ、そなたは軍師として。犬よ、そなたは……顧問犬として仕えよ!」

従者(あきれつつ):「顧問犬……史書にどう書かれるのでしょうな。」

荀文若(ため息混じりに):「まったく。これが千載一遇の出会いとは……歴史とは、かくも皮肉なものだ。」

(犬がドヤ顔で舞台中央に立ち、幕。)

(補足資料)


<白文>
夫未遇伯楽、則千載無一驥。夫万歳之一期、有生之通塗。千載之一遇、賢智之嘉会。遇之不能無欣、喪之何能無慨。

<書き下し文>
夫(そ)れ未だ伯楽に遇わざれば、則ち千載に一驥(いっき)無し。夫(そ)れ万歳(ばんさい)の一期(いっき)は、有生(ゆうせい)の通塗(つうと)なり。千載の一遇は、賢智(けんち)の嘉会(かかい)なり。之(こ)れに遇(あ)ひて欣(よろこ)び無きこと能(あた)はず、之を喪(うしな)ひて何ぞ能(よ)く慨(なげ)く無からん。

<解釈>
そもそも、名馬を見抜く伯楽に出会わなければ、千年に一度の名馬も見出されることはない。万年に一度しかこの世に生まれることができないのは、人間だれしも持つ決まりである。千年に一度でも、聖人・賢人に巡り合えるなら、それは幸せな出会いである。その相手に会えた場合には喜びにあふれ、会えない場合には悲嘆にくれるのである。

白文


<参考資料>

千載一遇(せんざい・いちぐう)

1.意味

直訳は「千年に一度の出会い」

現在の日本語では「めったに訪れない極めてまれで貴重な好機」という意味で用いる。

“once in a thousand years” / “a once-in-a-lifetime opportunity” などと訳される。

2.典拠(出典)と原文

語の源は東晋の文人・袁宏(えんこう)が著した「三国名臣序贊」(『文選』所収)。同書の「序」で、名君と賢臣の邂逅の希少さを、名馬と伯楽の比喩で説く。

原文①(伯楽の比喩)

夫未遇伯樂,則千載無一驥。
「そもそも、伯楽に遇わなければ、千年経っても一頭の駿馬も現れない。」

原文②(好機の希少さ)

夫萬歲一期,有生之通塗;千載一遇,賢智之嘉會。遇之不能無欣,喪之何能無慨?
「万年に一度の機会は生あるものの常、千年に一度の出会いは賢と智のめでたい集いである。これに遭えば喜ばぬことはできず、これを失えば嘆かぬことはできない。」

解説「千載一遇」


3.成り立ちの要点

「伯楽」=名馬を見抜く達人。名馬(才能)も理解者(名君・名伯楽)がいなければ埋もれる、という比喩。

「千載」=「千年」。したがって「千載一遇」は「千年に一度出会うほどまれ」→転じて「非常に稀な好機」。

4.使い方のポイント

基本的に好ましい機会に用いる(吉事・好機)。
× 不幸や災厄に対しては通常使わない。

類語:空前絶後/絶好の機会/一期一会(人との出会いの尊さを言う語で、やや別義)。

例文:

「この提携は千載一遇のチャンスだ。」

「直接話せる機会は千載一遇だから、準備を尽くそう。」

5.荀文若(じゅん・ぶんじゃく:荀彧 163–212)の人物評

5.1 略歴と位置づけ

字は文若。潁川郡潁陰(現・河南省許昌市)出身。後漢末、曹操の最側近として献策し、政軍両面で基盤整備に尽力。『三国志』魏志「荀彧伝」に伝。

5.2 主な評価点

人材登用の眼力:名士の推挙・登用に卓越し、曹操政権の官僚制を支えた。後世の史家も、荀彧・荀攸の人物評が「久しくして益々信す」とする逸話を伝える。

大戦略の立案:動乱収拾のため「奉天子以令不臣(天子を奉じて不服従者を制する)」という基本路線を支持・後押しし、許都遷都後の体制整備に貢献したと総括される(伝記的総説)。

節義と君臣観:晩年、曹操の「魏公」就任や禅譲志向に批判的で不興を買い、在職のまま病没(212)。「簒奪」に歯止めをかけようとする立場が強調され、忠義・名教を重んずる儒家的宰相タイプとして記憶された。

5.3 袁宏の讃辞にみる像

袁宏は、荀文若を「独見の明あり、救世の心あり」と評し(意訳)、自己顕示を求めず、事に臨んで始めて定策する「陰の参謀」として讃えた。

5.4 総合コメント

荀文若は、軍略家というより制度・人事・理念を設計する「政略家」。

曹操の覇業は苛烈だったが、その内側で「正統性(漢室の権威)を梃子に秩序を回復する」という名分の設計図を描いたのが荀文若であり、ここにこそ袁宏が語る「賢智の嘉会=千載一遇」の核心がある。名君と賢臣の邂逅が、混乱の時代を動かすという思想は、この人物像に最もよく体現されている。

千載一遇

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