55歳で会社を辞め、2ヶ月で月商100万円を超えて気づいたこと
■はじめに:定年を待たずに、55歳でレールを降りた理由
はじめまして。59歳の個人事業主です。
今は、地方の自然豊かな環境で、毎朝2時間かけて妻との朝を楽しみながら、穏やかに暮らしています。
ですが4年前、私は年収1000万円を超えていた会社員の安定枠を、55歳という年齢で自ら手放しました。
そして独立してわずか2ヶ月で、月商100万円を超えました。
特別なことは何もしていません。会社員時代に泥臭く積み上げた「経験」を、そのまま外に出しただけ。
もし今、あなたが「このまま今の会社に定年までいていいだろうか」「自分の力で生きていく選択肢はないだろうか」と悩んでいるなら、少しだけ私の話を聴いてください。50代からの独立は、決して無謀なギャンブルではありません。
■居心地のいい会社で、ふと「やり切った感覚」が襲ってきた
会社員として長く働いてきた。それなりの企業で管理職兼営業として、結果も出してきた自負はある。
定年まであと数年。大きな不安もなく、居心地はむしろ良かった。最後まで席にしがみつくのもよかった。
それでも、55歳を前にして、心の中に少しずつ変化が起きた。
どこかに、冷めたような「やり切った感覚」が突然芽生えてきた。
■きっかけ
あるとき読んだ本の一文が脳裏から離れなくなっていた。
「会社員時代に積み上げた経験は、組織の外へ出てもそのまま商品として高く売れる」
数年間、この言葉が胸の奥にずっと引っかかっていた。
そしてある日の朝、ふと思った。
「もう、辞めてもいけるんじゃないか」
深く悩んだ末の決断ではない。直感に近いものだった。
そして、私の人生を何度も救ってくれた妻は、この時もいつも通り「好きなことやったらいいよ」と笑って背中を押してくれた。
■思いつきでは動かない。大人の独立は「数字」で判断する
ただし、いい大人が感情だけで動くのは危険。
ここからは、会社員時代に培った冷静さで、徹底的に「現実」を整理した。
・退職の最適なタイミングを計算
・ 収入の空白期間をどう埋めるか
・独立後の 社会保険、税金などのシミュレーション
結果として、最も損失を抑えられるベストな退職時期を弾き出し、退職後は、迷わず個人事業主として開業届を出した。
失業手当の給付や、即開業のリスクよりも、未知への楽しさやワクワク感が完全に勝っていた。
■初動の結果
仕事は、これまでの経験を生かした企業コンサルタントや営業支援。経費は、移動費と通信費くらいなので、利益率は驚くほど高い。
なぜ、ゼロからのスタートでそんなに上手くいったのか?
理由は明白。私は、「会社員時代の顧客には一切関わらない・近づかない」という絶対的なルールを徹底していたから。奪い取った顧客ではなく、私の中に残った、「純粋な経験値」だけを商品に変えた。
だからこそ、誰からも後ろ指を指されずにスタートダッシュを切れたと思っている。
■当時の感覚
不安はゼロではない。でも、不思議と恐怖はなかった。
「ダメなら会社員に戻ればいいし、まったく違う業界で働くのも面白そうだな」本気でそう思っていた。
55歳にして、無駄なプライドは綺麗さっぱり捨て去っていた。
■独立して3年。そして59歳の今、私が「あえて収入を下げる」理由
そこからの数字は、自分でも驚くほど順調だった。
・1年目:年商1300万円
・2年目:年商1500万円
・3年目:年商1500万円
しかし、59歳を目前にして今、自分の中でまた新しい変化が起きている。「収入を最大化するフェーズは終わった」
馬車馬のように稼ぐステージは、会社員時代とこの3年間でやり切った。これからの人生後半戦は、お金の数字を追うのではなく、「時間 ・体力・ 生活の質」 を最優先する段階に入ったと確信している。
■次回以降の話
稼げる仕組みがあるのに、あえて収入を落とす。
普通にみれば、おかしな決断に見えるかもしれません。
でも、
「なぜ、収入をあえて落としても大丈夫なのか」
「どこまで下げても、穏やかな暮らしは成立するのか」
「その判断を支えるリアルな資産は、一体いくらなのか」
ここからが、このnoteの本番です。私が、4年かけて実践してきた、人生後半を「疲れない心豊かな暮らし」にするための、完璧ではないけれど、絶対い崩れない設計図。
次の記事から順に、その中身(4階建て収入の全貌)を、具体的な数字を交えて余すことなく書いていきます。
あなたの人生後半戦が、もっと軽やかになるヒントになりますように。
