【コラム Vol.20】売れなかった3万円——定期公演における Product-Market Misfit
前回までで、あるアイドルグループの定期公演に
3万円の高額チケットが出たことについて書いた。
その続報である。
全3回の定期公演のうち、
一回目が実際に行われた。
結果として、
その3万円チケットの購入者は0だった。
見える範囲では、二回目も今のところ0に見える。
ラストの三回目には、数名いるようだ。
もちろん、まだ全体の結果を断定するには早い。
ただ、一回目が0だったという事実は重い。
これは笑う話ではない。
売れなかったことを馬鹿にしたいわけでもない。
ただ、0枚という数字は、かなり正直である。
オタクは文句を言いながら買うこともある。
高いと言いながら、結局買うこともある。
今回は、文句を言って買わなかった。
0枚は、アンケートより正直である。
売れなかったチケットは、
かなり静かな反対票である。
そして今回の3万円チケットは、
高いから売れなかった、だけでは整理しきれない。
誰に向けた商品なのか。
どの時間に置かれた商品なのか。
どのライブに付いた商品なのか。
通常チケットとの差額に、
どれだけの納得感があったのか。
そのあたりが、全体的に
噛み合っていなかったように見える。
言い方を変えれば、
定期公演における Product-Market Misfit である。
商品は出した。
でも、その商品を欲しがる人と、
その人が来られる時間と、
その人が価値を感じるライブが、
きれいに重ならなかった。
そこが今回の本題だと思う。
19時30分開始の定期公演に、
18時30分特典を置くズレ
今回の定期公演には、
分かりやすい売りがある。
ライブ開始が19時30分であることだ。
平日のライブとしては、かなり行きやすい。
仕事終わりにも間に合う。
会社帰りに寄れる。
定期公演として、これはかなり大事な導線である。
ただ、3万円チケットの特典は、
ライブ前の18時30分から始まる。
ここで設計がズレる。
運営側から見れば、
たった1時間の差なのかもしれない。
でも、一般的な会社員にとって、
この1時間はかなり大きい。
19時30分なら、仕事終わりに間に合う人がいる。
18時30分だと、早上がりが必要になる。
半休を取る必要がある。
定時前に抜ける理由を作る必要がある。
場合によっては、そもそも参加できない。
これは単なる1時間差ではない。
生活側に調整を要求する時間帯の差である。
そして、その時点でオタク側は
すでに何かを払っている。
時間を払っている。
有休を払っている。
職場での調整を払っている。
少し気まずい早退を払っている。
そこにさらに3万円が乗る。
だから、この3万円は額面通りの3万円ではない。
参加するための調整コストを含んだ3万円である。
19時30分開始の定期公演は、
仕事終わりの客を拾うための設計である。
一方で、18時30分開始の高額特典は、仕事終わりでは間に合いにくい客を前提にしている。
同じ公演の中で、
通常チケットの導線と、
高額チケットの導線が、
別の生活リズムを見ている。
これは価格以前の問題だと思う。
1500円の横に置かれた3万円
今回の通常チケットは1500円である。
ライブ時間が45分に短縮されているぶん、
通常チケットを安くする。
それ自体は良い。
短いぶん、入りやすい価格にする。
ここには納得感がある。
ただ、1500円の通常チケットの横に、
3万円のチケットが置かれると、
差額の大きさがかなり目立つ。
同じ定期公演の中で、20倍の価格差がある。
もちろん、高額チケットには特典がある。
通常チケットと同じものを売っているわけではない。
それでも、1500円でライブを見られる公演に、
3万円の特典付きチケットを置くなら、
かなり強い理由が必要になる。
東京に住んでいるオタクの場合、
ライブの選択肢は多い。
平日にもライブがある。
週末にもライブがある。
主催もある。
対バンもある。
サーキットもある。
その中で、平日の定期公演一回に3万円を払うか。
それとも、その3万円で複数回ライブに行くか。
普通に考えれば、後者を選ぶ人は多いと思う。
実際に聞いた範囲でも、
そういう感覚のファンはいた。
3万円払って一度濃く触れるより、
何度もライブに行きたい。
その判断は、かなり自然である。
一方で、高額チケットを買う傾向があった層として、地方から遠征する人たちがいる。
遠征は重い。
交通費がかかる。
宿泊費がかかる。
時間も使う。
一回のライブに来るコストが、
東京在住のファンとは違う。
せっかく行くなら濃い体験を乗せたい。
特別な日として回収したい。
その心理は分かる。
週末のワンマンライブなら、
まだ買う人はいたと思う。
週末であれば来やすい。
ワンマンであればライブの意味も大きい。
尺も長い。
遠征の理由になる。
しかし今回は、平日の夜の定期公演である。
しかも、ライブ自体は45分である。
東京のファンには、
3万円で複数本ライブに行く選択肢がある。
地方のファンには、
平日夜の定期公演がそもそも重い。
その間に置かれた3万円チケットは、
誰の生活にも少し刺さりにくい。
価格設定の問題というより、
ターゲットと導線と納得感のミスマッチである。
価格が高いというより、場所が悪い。
商品が悪いというより、置き方が悪い。
そう見える。
結局、特典と金額に納得されていない
これまで、時間帯やターゲットの話をしてきた。
ただ、一番大きい原因は、
もっと単純だと思う。
みんな、特典と金額に納得していない。
聞いた範囲では、今回の設定を歓迎している人は
ほとんどいなかった。
ライブに足しげく通っているファンからも、
さすがに今回はない、という反応が多かった。
もちろん、それが全員の意見ではない。
買う人もいる。
価値を感じる人もいる。
ただ、少なくとも熱狂的に受け入れられた
施策には見えない。
価格は単独で高いのではない。
納得できる理由がない時に、高く見える。
なぜその定期公演で。
なぜその時間で。
なぜその特典で。
なぜその金額なのか。
そこが腹に落ちない。
高額チケットは、価格だけで売れるわけではない。
特別な日の意味が必要である。
今買う理由が必要である。
その金額を払ってもいいと思える
気持ちよさが必要である。
今回、そこが弱かった。
3万円を払う理由より先に、
3万円という数字だけが見えてしまった。
これは、かなり損な見え方である。
チケットは売れなかった。
でも、違和感は売れてしまった
一部のファンからは、
選択肢があること自体は良い、
という意見もあった。
これは正しい。
買いたい人が買えばいい。
欲しい人が申し込めばいい。
買わない人は通常チケットで見ればいい。
一般論としては、かなり筋が通っている。
ただ、地下アイドル現場では、
選択肢は置かれた時点で、
現場へのメッセージになる。
売れなかったから影響がない、ではない。
売られた時点で、
現場には一つのメッセージが届いている。
運営は今、こういう売り方をするのか。
このタイミングで、この価格を出すのか。
新体制の初動で、そこを取りに行くのか。
オタクはそこまで見る。
チケットは売れなかった。
でも、違和感は売れてしまった。
今回の定期公演一回目のライブは、
新体制披露ライブ後の初ライブだった。
本来なら、新体制披露で集まった熱が、
次の定期公演に少しでも繋がって欲しい
タイミングである。
しかし実際には、
人入りは前月の定期公演と同じくらいに見えた。
少し寂しさのあるフロアだった。
新体制披露ライブには、たくさんの人が集まった。
それでも、その継続性はあまり見えなかった。
新メンバーに期待した新規が、
多く流れ込んだようにも見えなかった。
いつも見る固定のメンバーが大半を占めていた。
しかも、その固定も決して多いわけではない。
もちろん、3万円チケットだけが原因ではない。
そんな単純な話ではない。
新体制に向けた細かいレギュレーション変更が、少なからず心象に影響した可能性はあると思う。
超高額チケットの導入。
チェキ券などのまとめ買い特典の廃止。
前回まで好評だったスタンプカードの廃止。
特典会での細かいレギュレーション変更。
新体制披露ライブで一部見られた、
雑に感じる特典会進行。
など、挙げればキリがない。
どれか一つなら流せる。
でも、全部同じ方向を向いて見えると、
オタクは回収の匂いを嗅ぐ。
今回の変更は、オタク側にとって分かりやすく
プラスに感じられる要素が少なかった。
一方で、負担が増えたり、
得をしていたものがなくなったり、
現場の導線が少し窮屈になったような印象は残る。
もちろん、
運営側には運営側の事情があるのだと思う。
メンバーが増えれば、
活動にかかる費用も管理の手間も増える。
どこかで回収しなければならないことも分かる。
ただ、オタクが現場で受け取るのは、
運営の会計表ではない。
チケット価格であり、
特典内容であり、
特典会の導線であり、
当日の進行であり、
自分が得をしたか、
損をしたかという肌感覚である。
その肌感覚として、
今回はかなりマイナスに寄って見えた。
新たな門出を祝いたい気持ちはある。
でも、その門出のタイミングで、
自分たちが不利な変更を受けているように感じる。
その小さな違和感が積み重なって、
気持ちの萎えになる。
オタクの情熱は、一発で折れるより、
細かいところで削れていくことの方が多い。
新体制初動は、
回収フェーズではなく投資フェーズである
新体制という多くの人に知られるタイミングでは、
新規やライト層を特典会に流す施策の方が
重要だと思う。
アイドルを追う大きな要素として、
特典会は欠かせない。
もちろん、ライブが良いことは大前提である。
ただ、実際に喋ってみて沼る部分はかなり大きい。
ライブで見つけても、
特典会に流れなければ、推しにはなりにくい。
沼はステージだけで始まらない。
たいてい、最初の数十秒の会話で深くなる。
だから、新体制初動で必要なのは、
3万円の選択肢ではなく、最初の一枚を
出しやすくする理由だったのではないか。
無料チェキでもいい。
初回割引でもいい。
新規向けの導線でもいい。
既存ファンが連れてきた人に、
特典会へ行きやすくする仕組みでもいい。
短期的には損をするかもしれない。
でも、一度特典会に行くハードルを越えた人は、
次から現場への距離が変わる。
特典会へのハードルを下げることは、
値引きではない。
未来のファンへの投資である。
メンバーが増えた分、給与も増える。
レッスンも増える。
衣装も増える。
その他の諸経費も増える。
そこは理解できる。
ただ、そのタイミングでお金がかかる施策が
増えると、どうしても回収に見えてしまう。
運営としては、
必要な売上設計なのかもしれない。
しかし、ファンからは、
メンバーが増えたからこちらから回収しに
来ているように見えることがある。
ここが難しい。
マネタイズのタイミングを間違えると、
施策の中身以上に、運営の視線が誤読される。
本当は活動継続のためかもしれない。
でも、受け取る側には、
回収フェーズに入ったように見える。
新体制初動は、
収穫のタイミングではなく、
種を撒くタイミングである。
目先の単価を上げるより、
初回接触率を上げた方がいい。
一回の3万円より、
何十人かの最初のチェキの方が、
半年後には大きいかもしれない。
接触率を上げる。
初回接触コストを下げる。
リピート導線を作る。
この方が、
新体制初動の施策としては筋が良いように思う。
0枚は失敗ではなく、修正の材料である
今回の3万円チケットは、
少なくとも一回目では売れなかった。
これは事実である。
ただ、それを単純に失敗と笑って終わらせるのは、
あまり意味がない。
大事なのは、なぜ売れなかったのかを読むことだ。
時間帯が合っていなかった。
ターゲットが噛み合っていなかった。
通常チケットとの差額が大きすぎた。
平日定期という場と、
3万円特典の重さが合っていなかった。
特典と金額に対する納得感が足りなかった。
新体制初動におけるマネタイズのタイミングが、
少し早く見えた。
これらは全部、次の設計に使える材料である。
0枚は、ただの失敗ではない。
かなり高精度な市場調査である。
オタクは、
いつも声に出して正確に説明するわけではない。
でも、買うか買わないかでは、
かなり正直に答える。
今回は買わなかった。
その答えは、軽く見ない方がいい。
高額チケットを出すこと自体が悪いとは思わない。
買いたい人が買う選択肢はあっていい。
特別な体験を求める人もいる。
高く払うことで現場を支える人もいる。
ただ、
その商品が誰に向いているのか。
いつ置くべきなのか。
どのライブに付けるべきなのか。
通常チケットの人に何を残すのか。
新規に何を開くのか。
そこを間違えると、
高額チケットはプレミアムではなく、
現場に置かれた違和感になる。
今回の3万円チケットは、
おそらくそこを教えてくれた。
売れなかった3万円は、ただの空席ではない。
現場が運営に返した、
かなり静かな回答である。
