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第11話「もう一つの卒業式」

卒業式を間近に控えた2月。
中学校の職員室は、独特の静けさと慌ただしさに包まれます。
1、2年生の担任は、卒業生への感謝の会の練習。
3年生の担任といえば、この時期、信じられないほどの仕事量に追われます。卒業証書の氏名に間違いがないか、一文字一文字神経を研ぎ澄ませてチェックし、高校へ送るための大切な書類を整える。一つとしてミスの許されない、孤独で責任の重い作業が夜遅くまで続くのです。

そんなとき、学年主任だった私は、一つの行事を企画しました。
「学年合唱祭」です。
でもこれは、文化祭のような技術を競い合う合唱コンクールではありません。私は担任の先生方にこう伝えました。
「先生方はただ生徒の歌を受け取るだけの立場でいてほしい。客席に座って、あの子たちの成長をじっくり見てやってくれ。あとの運営は、全部私一人でやるから」

この行事の一番の狙いは、担任の先生方を休ませてあげたい、少しでも事務作業に集中させてあげたいという、私なりの配慮でした。
そしてもう一つは、3年間をともに過ごしてきた仲間と、懐かしい時間をもう一度紡ぎ直すことでした。だから、クラスでの練習時間は担任不在で大丈夫。いい歌を聞かせることが目的ではないからです。

1年の時のクラス、2年の時のクラス、そして今のクラス。それぞれの時代の仲間と集まり、当時の曲を口ずさむ。「ああ、あんなことがあったな」。
そうやって中学校3年間を思い出すための、たった2、3時間の練習。それで十分でした。

普通なら5クラス、200人近い生徒を一人で動かすのは容易ではありません。けれども私には自信がありました。
3年間この子たちと向き合い、時にはぶつかり、じっくりと積み上げてきた人間関係があったからです。
私が「やるぞ」と言っただけで、生徒たちは自分たちで動き出しました。
吹奏楽部の子らが「プログラムは私たちが作ります」と名乗りを上げ、
バレー部が「ステージの看板は任せてください」と腕を振る。
保護者や先生向けに案内状を作る子、当日の並び順を工夫する子。
私はただ彼らを信じて見ていただけでした。
彼らはもう、スタッフがいなくても自分たちで場を作り上げられるほどに成長していました。

当日、体育館には現在の担任だけでなく、1年の時、2年の時に彼らを受け持った先生方も招待しました。自分たちの成長を、かつての恩師にも見てほしかったからです。
一曲一曲、歌が紡がれるたびに、会場の空気が熱くなっていくのがわかります。生徒たちが先生へ、そして保護者へ向けて「3年間ありがとう」という感謝の気持ちを声に乗せる。その一生懸命な表情、やり遂げた後の晴れやかな顔。それを見たとき、私の胸はいっぱいになりました。

本番の卒業式はまだ数日先です。
けれども私にとっては、この合唱祭こそが本当の卒業式でした。
あの子たちが自分たちの力でこれほど立派な感謝の形を見せてくれた。
それだけで、学年主任としての私の仕事はもう十分だと思えたのです。

この会が終わった後、ある担任の先生が学級だよりにこんなふうに書いてくれました。

「3年間を振り返る写真を見ても、みんな1年生の頃からあまり変わってないなと思いました。卒業を前にしても、妙に素直でガキンチョだななんて納得してしまいます。
でも合唱祭の最後、あんなに泣かされてしまったら、なんかスッキリしてしまい、本番の卒業式は案外落ち着いた気分で出られるかなという気がしています。それにしても、この学年はこういう企画がうまいんです。
楽しかったり、ホロリとさせられたり、まさに緩急自在。本当に楽しい学年でしたね」

その学級だよりを読んだとき、私はまた少し目頭が熱くなりました。
学年主任なんてそんな役回りだと思うこともあります。
でも、生徒たちが素直なままでいられたこと、
そして同僚の先生が「スッキリした」と笑ってくれたこと。
私はこの学年と一緒に歩んでこれたことに本当に感謝しました。

窓から差し込む春の光の中で響き渡ったあの合唱。
あのとき体育館で感じたぬくもりと、
仲間たちが寄せてくれた信頼は、
今でも私の宝物です。

朗読カフェは下記のURLからご視聴いただけます。

https://youtu.be/r1gTS7nJjEE


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次回は2月27日(金)22時の予定です。
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