十二月一日 晴れ。(#シロクマ文芸部)創作
十二月一日 晴れ。
この時期になるといつも気が重くなる。
職場では一年の締めくくりとして、仕事の反省点や改善点をまとめるようにお達しが出た。
家では年末の準備に追い立てられるているようで気ぜわしい。まるで鞭で尻を叩かれ全力で走ることを強いられている競馬馬のようで、口から泡を吹きそうになる。
「ねぇ、もうタイヤ替えました?」
社員食堂の窓側の席を陣取り、親子丼を掻き込む同じ部署の美奈子が話しかけてきた。
「まだいいっしょ? どうせ年内は雪なんて降らないよ」
私はさんざん悩んだ挙句、結局妥当な日替わり定食を選び、ほうれん草の和え物を箸でつつきながら生返事をする。
今朝になって平然と「今日は弁当だった」と言い放った長男の渉に、しぶしぶ弁当を譲ったのが尾を引いている。社食が不味いわけじゃないけど、なんとなく不愉快。
そういえば、中学二年の課外授業で給食は出ないってお便りがあったような……。後で読もうとして、テーブルに置きっぱなしにしていた。
「今年は雪が多いって長期予報がでてましたよ~」
美奈子はデコったネイルの指で箸をつまんで、みそ汁をかき混ぜながら言う。
「美奈子はもう変えたの?」
「まだですぅ~」
自分もまだタイヤ交換してないのに、何の確認なんだろう。
そんなことより、顧客データの入力くらいはしっかりやってほしい。美奈子のミスの尻ぬぐいは、いつも私のところに回ってくる。
後回しにすると忘れてしまうので、スマホでタイヤ交換の予約を入れておいた。これで安心。予約を済ませたことは美奈子には内緒だ。せめてもの仕返しのつもり。
午後は年末の恒例イベントの準備で、チラシやWeb広告を作る作業に入った。住宅展示場の年末キャンペーンで、この時期は大忙しになる。
毎年のことなのにチラシの枚数や来場客への粗品選びで時間がつぶれてしまう。ほぼ決まった段階で、蒸し返すように飯田課長が難癖をつけてくるのがお決まりだから、今日も残業は覚悟している。
案の定、注文したばかりのチラシの枚数変更で印刷会社に謝罪の電話。もう慣れっこだ。
その隙に、LINEで「今日は帰りが遅くなる」と連絡しておく。このLINEを見て、夫が夕飯の支度をしてくれるとありがたいのだが、そこまで期待すると裏切られたときにキツイから、考えないようにした。働き方改革だとか、男女平等だとか、どこの世界の話って感じ。イライラする。
「今年はさー、経費に余裕があるらしいから、芸人とか呼んで人寄せできるんじゃない?」
良いアイデア思いついちゃったって顔して、同期の武田君が私のデスクまでやってきた。本気で言ってるから恐ろしい。
「芸人呼んでどこで漫才してもらうの? そんな広い場所ないよ」
「ええー、駐車場とかあるじゃん」
お客は車に乗ってやってくるんですけどぉ~……。あまりにバカバカしくて無視してやった。そんなことより顧客リストを早く上げて欲しい。
当日のスケジュールをプリントアウトしていると、飯田課長が「今日は結婚記念日でさー。先に失礼するね」と、すでに帰り支度をしてドアに手をかけている。「めんごめんご」って、何時代の人間なんだよ。
意外にも、最後まで残って一緒に準備を頑張ってくれたのは美奈子だった。
「そういえばさ、タイヤ交換の予約した?」
ちょっとだけ罪悪感でチクッとした。
「まだです~。でも温暖化で雪降ってもすぐに溶けちゃいますよね~。来年で良いかなって思ってますぅ~」
このマイペースが羨ましい。
オフィスに鍵をかけて二人で外に出ると、街路樹はイルミネーションでキラキラしていた。時計は午後九時を回っている。
夕飯の支度が気になってスマホを開くと、娘の朱莉からの動画が届いていた。夫とクリスマスツリーをご機嫌な様子で飾っている。
「ママー。パパがケンタッキー買ってきてくれたよ~」
画面はフライドチキンにズームアップしたまま終わった。
「良いなー。あったかファミリーって感じぃ~」
美奈子が横でニコニコしている。
ケンタッキーで楽をした夫に、素直にありがとうとは言いにくいけど、朱莉の嬉しそうな顔を見ると、まぁいっか、と許せちゃう。
さぁ、早く帰ろう。
空いた国道を車で走らせながら、推しのMrs. GREEN APPLEのボリュームを上げた。
