『シシになる。──遠野異界探訪記』1周年記念_書評・レビューまとめ
渾身の商業出版デビュー作『シシになる。──遠野異界探訪記』(亜紀書房)が発売されてから1年が経ちました。おかげ様で、新聞、雑誌、Webメディアなど多くの媒体で書評やレビューをいただきました。先日は、日本旅行作家協会「第8回 旅の良書」にも選出頂きました。
これからシシ踊りの季節です。2026年7月11日(土)には、本書の中心的な位置付けとして書いた「遠野巡灯篭木(トオノメグリトロゲ)」がいよいよ東京で開催されます。ぜひ『シシになる。』を読んで足を運んでいただけますと幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。



1. 公式推薦コメント
頭で考えるだけでなく「身をもってなす」ことでしか開けない世界がある。場所の声に耳を傾け、ひたすらシシとなって踊る。著者が「身をもって」開く扉の向こうに、懐かしい「異界」が広がっている。 ―― 森田真生(独立研究者)
シシ踊りを演じる動きの最中で、遠野の大地に根を張れた実感があったという富川さんの言葉に、人が人間の枠を超えて生きられる未知の希望を感じた。 ―― ドミニク・チェン 氏(情報学研究者)

2. 大手新聞・雑誌書評
【毎日新聞 書評】境界線を越えて、万物と一体化
「著者は、踊りの中で人間とシシの境界線の崩壊を経験する。(中略)『僕はこの時、野生でしかなかった』 身につけている装束は自分の一部になり、自分の中にシシが混じり込んでいく。『内なる野生』が姿を現し、魂の存在がせり出してくる。魂にとって、その宿主が人間か動物かは重要ではない。そもそも人間と動物という区分自体が、新しい認識だ。」 「今、重要なことは、人間と非人間が絡まり合って生きる『野生の思考』を取り戻すことだろう。そのとき伝統儀礼に潜む暗黙知には、未来を切り開く重要な力がある。」 ―― 中島岳志(東京科学大教授・政治学)
【日本経済新聞 書評】遠野で取り戻す本来の心身
「『地方に眠るコンテンツを編集して発信すれば面白い』程度の発想だった者が(同様の『地方創生屋』はそれこそゴマンといるが)、これまたそこここゴマンといる継承者にされてしまい、さらにはコンテンツの本質を活かしつつ発展させるプロデューサーの役割まで担うようになる。小説やドラマでもありそうなテーマだが、体験者本人の記す迫真の面白さは、フィクションの比ではない。」 「血縁はなくとも地縁のある者に託すことで、綿々と続いてきた伝統。そんな『地域文化を、現代に接続させ生きる糧として再起動する』ことに目覚めた著者。都市でAIとの編集競争に疲れた若者たちよ、続々とその後を追え!」 ―― 藻谷浩介 氏(日本総合研究所主席研究員)
【雑誌『Pen』2025年10月号 書評】遠野の異界に誘われて、“シシ”として踊る移住者の記録
「著者はもともと、都内の広告代理店で働いていた人物。(中略)『よそ者』でありながら、妖怪や山人など天狗と“共存”する地域の人々に温かく迎えられる。近く濃すぎる人間関係に馴染めず地方移住を諦めた人の話はしばしば聞くが、彼は先入観なくすべてを受け入れたのだ。」 「苦難の歴史を抱える遠野だからこそ生まれた『鎮魂のための芸能』であり、豊年踊りと神楽の山の神舞が融合した“ミクスチャー芸能”に、著者は魅了されてしまう。(中略)遠野が持つ神話性と、それらを大切に生きる人々、そのあり方に共鳴して尽力する著者など、すべての人々が共存し合うさまには強い説得力があり、読後に深い余韻が残る。」 ―― 印南敦史 氏(作家/書評家)
【『リアルサウンド ブック』WEB書評】
「祭りや民俗芸能を外側から観察する『批評家・観客』の視点はここにはない。酸欠になりながら二頭のシシがメスを巡って激しく闘う『雌じし狂い』の最中、著者の視界が狭まり、意識が変容していく。その圧倒的なプレイヤー目線のライブ感に、読者もまた息を呑む。」

3. Amazon・一般読者の声
「新たに佐々木喜善に民話として蒐集されそうなお話として読みました。地域に対する解像度(理解度)が高いほど地元人は安心できて 上っ面を分かったフリをしてもあしらうだけ。この本は理解しようと挑んだ記録の本でもあります。」
「東京の広告代理店に勤めるシティボーイが地域活性プロジェクトに憧れ、憧れた事も無い、全く知らない土地・遠野へ移住する。良き師に出会い『遠野物語』を学び深みにハマる。(中略)シシになり、体力の限界まで踊り、見えないものを感じ、考える。著者 富川岳さんが身をもって導き出した答えを、心を震わせながら受け取った。」

「『遠野物語』を知らなかったよそ者が、地元郷土史家や郷土芸能団体と出会い何を感じて、遠野にハマっていったのか、実名で紹介されていてとてもわかりやすかったです。(中略)9月の遠野まつりに行き、筆者がシシになる瞬間をみたくなりました。」
「まず感じたのが これほどまでに魂が震え 野生が湧いてきた本は、自分の人生では初めてかもしれない(中略)これからの自分の人生にかなりの影響を与える一冊となりました!」
「来し方の<我>をも否定せず、新しく正面に立ち現れたリアルな生活・生業の時空間とそれらを支え続けている具体的で個性的な生身の人々とのエネルギーのぶつけ合い方、双方によるかき混ぜ方の現在進行形の読本としてこれに勝るものはそうないのではないか。身を持って示す<共異体>へのリアルな変容の仕方が綴られている本だと思う。」
「ページをめくっているだけなのに、頭の中で太鼓の音がドコドコと鳴り響き、カンナガラ(頭の上の飾り)が目の前で激しく揺れているのが見えるようだった。文字からこれほどまでに『音』と『汗の匂い』が伝わってくる本はそうそうない。」
「妖しの土地で自らシシになったのに魂が俗世のままなので文学でもノンフィクションでもない、元チャラい系クリエイターならではの、上澄みを掬った体験記です。真髄にも深淵にも、この著書では触れることはできないでしょう。『沈殿する』という作業必要でしょうね。この著者には一生できないかもしれない作業ですが。」
4.書店の方の書評
●近刊の紹介『シシになる ―遠野異界探訪記』
本書は、東京から岩手県は遠野に移住した一人の青年が、その地に息づく伝統芸能「シシ踊り」を通じて、文字通り「シシになる」。その過程を自らの言葉で記した変容の記録である。
読む人によってその受け取り方は様々。ヨソモノが遠野の地に根づいてゆく物語であり、400年続く伝統芸能を継承する物語であり、はたまた1910年に柳田国男が記した『遠野物語』を「異読」し発展させる物語でもある。色々な読み方ができる=複合的であるということで、視点を一つに絞って紹介するのが難しい。
そんな話だが、ふと「なぜ本だったんだろう?」という疑問が湧いた。多くの人は未見のシシ踊り。著者が参加してきた数々の舞台や、プロデュースしてきた「遠野巡灯(メグリドロウ)滝※」なら、独自の映像や音源も多く残っているはず。それらを活かせば魅力的なドキュメンタリー作品が出来上がっただろうに。でも読み終えて思う。「書く」ことに意味があったのだろうと。
この物語には、遠野の歴史や魅力的な登場人物、学術的な視点が織り交ぜられている。けれど、その中心は間違いなく、身体を駆使し、固有の動き・リズムに身を任せ、その土地で代々受け継がれてきた流れに分け入っていくひとりの男だ。彼は、ひたすら踊る中で得た身体的な感覚や経験を反芻し、言語化していく。身体と言語を行き来しながら螺旋状に、その真髄に迫っていく。幼いころから慣れ親しみ感覚的に覚えたわけではないからこそ、言葉でひとつずつ確かめるようにものにしていく。そこに言葉が介在するからこそ、他者が関わる余地が生まれる。そして新たなクリエイションにつながる。そんなことを思った。だから「本」という器がこの物語にとって必要だったのだと。
「ダガイゴ ダンツゴ ダンダン」。言葉で表現される太鼓の音は不思議と心に残る。そのリズムとともに、頭の中で思い描いたシシの姿は真だろうか。
物語を読み終えた人は、遠野に足を運び、その眼で見たくなるに違いない。そして、この物語の続きを目撃することになるだろう。(T)
以上です。
興味を持っていただいた方はぜひご購入いただけますと嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
