「1日5時間×30日=15万円の時間」を無収益のnoteに投じる狂気
〜収益500円でも続ける6つの理由〜
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【収支計算】
1日5時間 × 時給1000円 = 5000円
30日間 = 15万円の時間投資
収益 = たった500円
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*単純な数字に置き換えました。
私が時間をお金に換えるとしたら…たぶんこれ?
居酒屋バイトの時給です。
この計算をしたとき、自分でも恐ろしくなった。
これが合理的な時間の使い方なのか?月15万円稼ぐためには:
500円の記事を毎日10本売るか
5000円の記事を毎日1本売るか
1000円のメンバーシップに150人登録してもらうか
どう考えても「無理ゲー」だ。
そんな思考の迷宮に入り込んだある日、コーヒーカップを前に自問自答していた。
「なぜ私はこんな『無収益』の活動に、これだけの時間を費やしているんだろう?」
あなたもnoteを書いていて、ふとこんな計算をしてしまったことはありませんか?
「収益化」という名の迷宮
noteを始めて50日。有料記事を出してみたが、売れたのはたった500円。
「このまま行けば1日5000円の時間投資に対して、収益はほぼゼロ…」
そんな状況にも関わらず、なぜか私はnoteを書き続けている。
「これって、自分で自分の首を絞めてないか?」
頭の中で様々な言い訳が浮かぶ:
「投資期間だから…」
「スキルアップのためだから…」
「将来的には収益化できるかも…」
でも、本当にそうなのか?自分に正直になってみよう。
気づきへの道のり
①迷走する下書き
この悩みを記事にしようと、下書きを始めた。
まず「noteの収益化について考えよう」と書き始めたが、すぐに行き詰まる。
「売れないミュージシャンの路上ライブみたいなものかな?」と考えてみたけど、それもなんだか違う気がする。
「自分はまだ50日しか続けていないのに、大それたことを言うのも変だな…」
下書きはどんどん迷走していく。
②ChatGPTへの相談
そこで、ChatGPTに相談してみた。
いくつもの記事案が出てきた。
「表現者の下積み期間として…」
「投資としての時間価値…」
「趣味の金銭的価値…」
でも、どれもしっくりこない。何か大事なことが抜けている気がする。
③突然の気づき
そして、ふと思い当たった。
「私が求めているのは、"挑戦している実感"なんじゃないか?」
収益では測れない6つの価値
理由1:スプラトゥーン6300時間という前例
「刹那的な報酬」から「蓄積型の報酬」への転換
実は、趣味に時間をかけるのは初めてではない。以前、私はスプラトゥーンというゲームに6300時間(約260日分!)を費やしていた。
過去に書いた記事にも書いたが、スプラトゥーンは「脳の報酬系を極限まで刺激する」ゲームだった。勝敗の不確実性、即時フィードバック、スキル向上の実感、社会的つながり…。
でも、6300時間やっても、手元に残るのは「スプラトゥーンが少し上手い」というだけ。
noteは違う。書いたものが残る。スプラトゥーンからnoteへの時間のシフトは、「刹那的な報酬」から「蓄積型の報酬」への転換だった。
「ゲームを終えた後、何も残らない」という虚しさを、私はもう知っている。
🔍 比較ポイント
スプラトゥーン note 即時的な満足感 積み重なる実績 勝敗の繰り返し 記録として残る 技術向上のみ 思考と表現の深まり
💭 あなたへの問い あなたも何かに夢中になって時間を費やしたものの、後に「何が残ったのだろう…」と考えたことはないでしょうか?
理由2:本業では得られない「挑戦している実感」
慣れた仕事では失われた、初心者の好奇心と成長の喜び
noteは初心者だから、たくさん調べて実践して、反省して、また別のやり方を試してみるといったことが日々繰り返されている。これは本業では、もう味わえなくなってしまった感覚。
経理の仕事も10年以上やっていると、新鮮味がなくなる。淡々と続く日常。「今日も昨日と同じだな」という感覚。
会社でAI活用を提案しても、思ったような反応は得られない。みんな変化を望まないし、「今のままでいい」という空気が支配的だ。
一方、noteは違う。一からコンテンツを作る緊張感。読者の反応を見る楽しみ。「今日は何を書こうか」というワクワク感。
私に仕事を教えてくれる人は会社にはいないが、noteにはたくさんいる。しかも無償で。なんか頑張ってて、いいよね。スキを押しあう文化があるからなのか、頑張っている人を自然と応援する空気があると思う。
これが「挑戦している実感」なんだと気づいた。私も、まだまだ初心者とはいえ、これから始める人には優しくしてあげたいと強く思う。
【本業】 ➡️ 【note】
マンネリ ➡️ 新鮮
同質 ➡️ 越境
規則 ➡️ 自由
正解 ➡️ 探求
孤独 ➡️ 共鳴
💭 あなたへの問い あなたの日常の中で「何か新しいことに挑戦したい」と感じるとき、それはどんな場面ですか?
理由3:バカみたいだけど、投稿ボタンを押す瞬間が好き
予約投稿より今すぐ公開したくなる、あの興奮と期待感
これは少し恥ずかしい告白だけど…。
面白い記事が書けたと思うと、予約投稿を設定したはずなのに、「やっぱり今すぐ公開したい!」と思って予約を外してしまう。
時には一日に複数の記事を投稿することも。自分で「1日1記事」という目標を決めているのに、その制約すら破ってしまうほど、投稿する瞬間のドキドキ感が好きなんだ。
「これ、誰か読んでくれるかな?」 「どんな反応があるかな?」
そのドキドキ感が、かつてのスプラトゥーンのマッチング待ちの緊張感に似ている。
でも同時に、違うところもある。スプラトゥーンでは負けても勝っても「また1から」だけど、noteでは記事が積み重なっていく。
この「ドキドキと蓄積」の組み合わせが、私を夢中にさせている。
💭 あなたへの問い みなさんも、何かを公開する瞬間のドキドキ、わかりますよね?その瞬間にどんな気持ちになりますか?
理由4:越境学習がもたらす思考の広がり
「ぷよぷよ」の大連鎖のような偶然の学びと発見
「経理×AI×note×…」 異なる分野を横断する面白さも、この場所の大きな魅力だ。
会社では「経理のプロ」として働いているが、そこに閉じこもっていると視野が狭くなる。「井の中の蛙」になってしまう。
この創作の場では、AIについて書いたり、スプラトゥーンの経験を振り返ったり、時間管理について考えたり…。様々な領域を越境することで、思考が広がる。
こうやって、記事にダメ出しをもらったり、フォロワーが紹介してくれる別の書き手の記事から勉強することがあったり、「ぷよぷよ」でいう、適当に"ぷよ"を積んでいたら、ふとしたきっかけで大連鎖を起こすような快感がnoteにはある。まぁ、なんかうまいこと言おうとしたけど、簡単に言うと"偶然の出会い"なんだけど。
有料記事が売れた時、びっくりした。誰かが私の記事にお金を払ってくれた。それも普段コメントでやり取りしている人ではなく、私が知らない誰か。「こっそり注目してくれる人がいる」という発見は、大きな励みになった。
売れたのは、noteのタグ戦略について書いた記事。これだって、私が編み出した独自手法ってわけではなく、たくさんの人が言っている内容を自分なりに解釈して、これまでに自分の記事につけてきたタグと、その結果を踏まえて、「noteのタグの仕組みって、こういうことだよね?」という、初心者なりの気づきを記事にしたものだ。
これが売れると思ってなかったから、意外と収益化(金額の多寡はあるにせよ)は、目指してもいい物なのかと感じられた。
でも同時に、ここ最近は「収益化」について考えすぎてしまっている自分がいる。たった500円売れただけなのに、「もっと売れる記事を書かなきゃ」と思ってしまう。
そもそも収益を目的に始めたわけじゃないのに、なぜだろう?
人間って、数字が見えると、つい追いかけたくなるものなのかもしれない。
💭 あなたへの問い あなたも「本来の目的」と「目に見える数字」の間で揺れ動いた経験はありませんか?
理由5:手探りだからこその発見
「正解がない」からこそ創造性が刺激される
noteを始めるとき、「これ、続くかな?」と不安だった。
だから最初は「#100日チャレンジ」と密かに自分に課して、とりあえず続けてみることにした。(宣言するほどの自信もなかったけど)
手探りながら50日間続けてきて気づいたのは、「正解がない」からこそ面白いということ。
会社の仕事は「正解」がある。経理なら法律や規則に基づく「正しいやり方」がある。
でも発信の世界は違う。何を書くか、どう書くか、どんなスタイルで発信するか…すべて自分次第。
挑戦は収益化だけど、値付け一つとっても、いくらに設定するのが良いのかのバランス、どこまで公開するのか、他の収益化との関連性(有料記事以外の収益化方法)、またはそれらをミックスする方法など。自分が、コミュニティといえば、無料の共同マガジンぐらいしか経験がないので、自分に合った方法がわからない。まぁ、これも一つ一つ試していくしかないと思うし。こうした悩みも、「1本有料記事をだしてみた」ことから始まっているしね。全然わからないことがたくさんあって、挑戦し甲斐があるよ。本業ではしばらく味わっていない感覚だ。
この「自由度」が、創造性を刺激する。失敗も、試行錯誤も、すべて学びになる。
💭 あなたへの問い あなたも「正解がない」中で手探りしていることはありませんか?その不確かさこそが、実は大きな魅力なのかもしれません。
理由6:あなたと同じ悩みを持つ人との出会い
「ここには自分の居場所がある」という帰属感
noteというフィールドの魅力の一つは、ここに集まる人たちとの共鳴だ。
自分がなんとなく感じていたことを、うまく言語化してくれる人との出会い。
「あ、自分だけじゃなかったんだ」という安心感。
「こんな考え方もあるのか」という発見。
普段の生活では出会えない視点や考え方に触れることで、自分の思考も広がる。
誰かの記事を読んで共感し、コメントを残す。そして自分の記事にもコメントがつく。この小さな対話の積み重ねが、新しい気づきを生み出す。
「ここには自分の居場所がある」そんな感覚が、続ける原動力になっている。
💭 あなたへの問い あなたも、同じ悩みや興味を持つ仲間との出会いに喜びを感じたことはありませんか?
時給は地獄でも、続ける価値がある理由
それでも、私は毎日noteを書きたくなる。たとえ大勢に読まれなくても。たとえ収益が出なくても。
50日続けて気づいたのは、コツコツとスキをくれる人がいること、時々温かいコメントが届くこと、そして何より—書くこと自体が、確かに自分の人生を前に進めてくれているという実感があるから。
ここまで書いてきて、やっと核心に辿り着いた。 私がnoteに時間を費やす理由は、お金では測れない価値を求めているからだ。
時間をお金に換算すべきでない6つの理由
挑戦の実感: 単調な日常に新鮮な刺激をもたらす
越境の喜び: 異分野を結びつけ思考の幅が広がる
公開の緊張感: 投稿ボタンを押す瞬間のドキドキ
手探りの発見: 正解のない世界での冒険
共感のつながり: 同じ悩みを持つ人との出会い
成果の蓄積: 日々の小さな積み重ねが形になる
「時間をお金に換算して怖くなるような活動こそ、もしかしたら人生を豊かにするのかもしれない。」
もちろん、いつかは収益化も考えたい。でも今は「続けること」自体に価値があると思えるようになった。
「続ければ何かが変わる」 これが私のnoteを始めた時の初心だった。そして実際に、50日でも多くのことが変わった。
これからの50日で見つけたい新たな価値
とりあえず、あと50日。初心を忘れず、収益に一喜一憂せず、書き続けてみようと思います。
次の50日では:
経理×AIの専門性をより深く掘り下げたい
読者との対話をさらに大切にしたい
「時間の価値」についての考察を続けたい
自分だけの表現スタイルを少しずつ確立したい
(また時給計算して怖くなったら、この記事を読み返します)
※この記事は、「noteに費やす時間の価値」について悩んでいた私が、記事にならない記事の下書きから始まり、色々な記事案を考え、悩みながらたどり着いた結論です。まだ50日しか続けていないので大それたことは言えませんが、同じような悩みを持つ方の参考になれば幸いです。
あなたが時給換算できない活動に費やしている時間は?その中で見つけた意外な価値は?もしよければコメントで教えてください。一緒に「数字にならない価値」について考えてみましょう。
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追記:
この記事執筆の舞台裏のエピソードを書きました。
