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12時間勉強した娘が泣いた日 - 高校受験の挫折と、その先にあるもの

はじめに

この春、中学3年生の娘は高校受験に挑みました。何ヶ月もの間、娘が懸命に勉強する姿を見守ってきた親として、その結果に向き合う日々を記録しておきたいと思います。この経験は、努力が必ずしも望む結果に結びつかないという人生の厳しい現実と、それでも前に進む強さについての物語です。子供の挫折に向き合う親の気持ちを残しておきたくて、この記録を書いています。同じような経験をされている方々の何かの参考になれば幸いです。


娘の努力の日々

娘は本当に生活の全てを勉強に捧げていました。外出の身支度をしている間はYouTubeで学習動画を聞き、歯磨き中は鏡に貼った付箋紙を見ながら単語を覚える。そんな姿が日常の風景でした。1日12時間勉強する日もあり、受験直前には学校に通うのをやめて塾の自習室で勉強するほどでした。

塾の自習室が夜遅くに閉まるまで、ずっと勉強していたようです。難関高を目指す塾の中でも、娘が一番自習室にいたと後から聞きました。塾には好きな先生もいたようで、家では塾の先生の話をよくしてくれました。受験直前には、先生たちから激励の自筆メッセージカードをたくさん抱えて帰ってきたのを覚えています。「絶対受かる!」など、先生の顔写真付きの名刺サイズのカードだったようです。最近の塾は先生のキャラクターが立っていないとダメなようで、先生みんなが自分の顔が印刷されたカードを持っているのだとか。

模試の点数や合格判定は良くなっていたから、当日は自信を持って臨んだはずです。塾の先生からも「この調子なら絶対受かる!」と励ましの言葉をもらい、本人も自信を持っていました。確かに余裕で受かるレベルの高校ではありませんでしたが、彼女の努力を見ていれば、十分に可能性はあると私も信じていました。

結果の日

試験が終わっても、自己採点で合格圏内だったから「絶対受かった」と確信していたようです。それまで封印していたゲームで遊んだりテレビを見ることもあって、少しリラックスした日々を過ごしていました。私も当日の娘の手応えから「受かっているだろう」と思っていて、出勤前に「もし落ちてたら連絡して」と冗談めかして言っていたほどでした。

そんな中での合格発表日。

私は仕事で一緒に確認できなかった。 母親からのLINE一本で知った。 「番号がない」

たったこれだけの言葉が、娘の何ヶ月もの努力を打ち砕いた。

塾の先生は、たくさんの生徒の中から、私の娘の番号を一番最初に探してくれたそうです。これは後日、塾からの「お力になれずすみません…」という謝罪の電話で知りました。

娘は号泣しました。内申点も良く、当日の手応えも十分だっただけに、その落胆は深いものでした。合格発表の後、塾に合格の喜びを伝えに行くことを楽しみにしていたようなので、落胆は計り知れないものだったのでしょう。それは単なる試験の結果以上のものでした。彼女にとっては、自分自身のアイデンティティの一部が揺らぐような経験だったに違いありません。

私自身も複雑な思いでした。これほど努力したのに、なぜ...という思いと、彼女の悔しさを受け止められない無力感がありました。正直、私にはそこまで何かに挑戦した経験がないのです。私は大学受験に失敗した経験がありますが、大して勉強しなかったから、自分の番号がなくても「やっぱりないか」という確認の気持ちの方が強かった気がします。不合格で泣くなんてことはなかった。浪人してもう少し上の学校に受かりましたが、それも受ければ絶対受かるレベルの大学しか受けていなかったから、当日のドキドキ感もないし、合格をウキウキで発表したい相手もいませんでした。

見えてきた本当の気持ち

ショックから少し時間が経ち、冷静に話せるようになった時、意外な事実が見えてきました。実は娘は併願していた私立高校の方が本当は行きたかったのです。

親である私の経済的な事情を考えて「できれば公立へ」と言っていたことに応えようと、彼女は必死に頑張ってくれていたのでした。親の期待に応えようとする娘の姿に、感謝と申し訳なさが入り混じる思いでした。

立ち直りへの道

合格発表から数日、娘の部屋からは時折すすり泣く声が聞こえてきました。時間が経っても、完全には立ち直れていない様子。それは当然のことです。これだけの時間と情熱を注いだことが、思うような結果につながらなかった失望感は簡単には消えません。

落ち込んでいる様子がはっきりとわかるので、特別何かをするということはありませんでした。発表直後だから落ち込むのは当然ですし、私たち家族も普通に接しています。弟も同様です。結果を無理に明るく受け止めさせようとするのではなく、自然な感情の流れを尊重することが大切だと感じています。

塾の先生は親への謝罪の電話だけでなく、号泣する娘とも電話で1時間ほど話してくださったそうです。「落ちて悔しくてこれだけ泣けるってことが、自分がどれだけ頑張ってきたかの証明だよ」という先生の言葉に、娘は少し救われた気持ちになったようでした。学校の先生とは違う、受験のプロとしての言葉には説得力があったのでしょう。

しかし、私は彼女が自分で立ち直る力を持っていると信じています。賢い子ですから、少し時間がかかっても、必ず前を向けると思っています。

それから数日後、リビングのテーブルで娘と向き合って話す機会を持ちました。少し落ち着いた表情になった娘と、初めて落ちた後にちゃんと向き合って話し合いました。私立にも補助金があってお金はそこまで心配しなくていいことや、私が調べた私立高校の情報を共有しました。私が話す私立高校の特徴に、少しずつ娘の目が輝き始めるのを感じました。それは微かでしたが、確かな前向きさの兆しでした。

親として学んだこと

この経験を通して、私は多くのことを学びました。

子どもの本当の気持ちを聞く大切さ。表面的な言葉だけでなく、その裏にある思いや感情を理解することの重要性を改めて感じました。

また、子どもの挫折をどう受け止めるかという難しさも痛感しました。励ましたい気持ちと、悲しみを共有したい気持ちの間で、何が最適なのか考え続ける日々でした。

そして何より、子どもの自立と成長への信頼の大切さを学びました。こうした経験から立ち直る過程そのものが、彼女の人生における大切な学びになるのだと思います。

これからの新しい一歩

話し合いの中で、娘が私立高校に対して持っていた本当の気持ちが少しずつ明らかになりました。「勉強に集中できそうなこと」「制服がかわいい」といった素直な理由を聞いて、思わず微笑んでしまいました。15歳の女の子らしい、純粋な願望です。

親の贔屓目で見なくても優秀な方だと思う娘は、実は公立中学の雑多な環境があまり合っていなかったようです。「大して仲の良い友達はできなかった」と打ち明けられた時には少し胸が痛みました。一方で、塾では同じ目的に向かって頑張る仲間が見つかったようで、「もう塾に行けないのか」と寂しそうに言っていた言葉の意味が、今になって理解できました。勉強する場だからこそ、共通の目標を持つ友人との絆が生まれたのでしょう。塾の先生からは「将来塾でバイトしない?」「お酒飲めるようになったら飲みにも行きたいね」と言われているようで、そんな話をする時の娘の表情は少し誇らしげです。

私は娘に合った環境を探るため、進学することになった私立高校について調べてみました。そこで見えてきたのは、意外にも娘の個性に合った学校の姿でした。

静かな図書館と充実した自習室、勉強熱心な生徒が多い校風、そして何より「わからないことはすぐに質問できる」開かれた授業の雰囲気。朝早くから夕方遅くまで自習できる環境は、知的好奇心旺盛な娘にとって魅力的なはずです。また、部活動の種類も豊富で、共通の目標に向かって切磋琢磨できる仲間との出会いも期待できそうです。

経済面でも国や県の補助制度があり、思ったよりも負担が軽減されることがわかりました。これまで公立を希望していた理由の一つだった経済的な心配も、ある程度解消されそうです。

振り返ってみれば、この挫折が娘により合った環境への扉を開いてくれたのかもしれません。努力は決して無駄にはならないのです。それが今すぐに目に見える形で報われなくても、その過程で身につけたものは必ず彼女の中に残っています。そして、思いがけない場所で花開く可能性を秘めているのではないでしょうか。

おわりに

娘の涙の向こうに見えたもの。

それは、一つの扉が閉まれば、別の扉が開くという単純だけれど深遠な人生の真理でした。

12時間勉強する日々を重ね、すべてを注ぎ込んだ目標が叶わなかった娘。その号泣する姿を見たとき、私は親として何も解決できない無力感に打ちのめされました。しかし今、その挫折を経て見えてきたのは、思いがけない場所に開いた新しい可能性の扉です。

振り返れば、中学生のうちにこれほど濃密な経験ができたことこそが、娘の人生にとって何物にも代えがたい財産なのかもしれません。私自身は同じ年頃、ただゲームをして過ごした記憶しかなく、高校受験も余裕で受かる高校しか受けていませんでした。全力で目標に向かい、時に挫折し、涙を流す—そんな経験を人生の早い段階でできる娘を、親として尊敬すらしています。

時に人生は、私たちが描いた地図通りには進みません。むしろ、予想外の曲がり角こそが、本当の自分に出会うための必然だったりします。娘が涙の中で見失っていた「本当は私立に行きたかった」という気持ち。その本音に向き合うことで、彼女により合った環境が待っていたのかもしれません。

同じような経験をされている親子の方々へ。

挫折は確かに辛いものです。でも、その痛みを通過することでしか得られない強さと気づきがあります。子どもの涙を拭いてあげたい気持ちを抑え、その感情に寄り添う時間を大切にしてほしいと思います。そして、計画通りにいかなかったときこそ、新たな地図を一緒に描く勇気を持ってほしいと思います。

そして子どもたちへ。

君たちの努力は決して無駄ではありません。目標に向かって全力を尽くした日々は、たとえ望んだ結果にならなくても、必ず君たちの中に確かな力として残っています。今は理解できなくても、この経験が将来、思いがけない場所であなたを支えてくれる瞬間が必ず来るでしょう。

娘は今、新しい制服を手に、新たな一歩を踏み出そうとしています。春の風が吹く中、彼女がどんな花を咲かせるのか、親として静かな期待を胸に、見守っていきたいと思います。

挫折と再生、努力と成長、涙と笑顔—人生という名の長い旅路に彩りを添えるこれらの経験を、娘と共に歩めることに感謝しながら。

追伸:
今日は塾の友達とパフェを食べに行くとのこと🍒
だいぶ立ち直ったみたいで良かった🍀

追伸2:
その後の話を書きました。

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