内的体験とは何か——実存の乾燥化——

文責:西部礫


1. 『内的体験』は哲学でなければ、詩でもない

 裂傷の共同という視点からジョルジュ・バタイユ(1897-1962)の内的体験を検討してみたい。

 拙論では、バタイユの前期著作である「無神学大全」[1]においてフォーカスされる内的体験について、特に『内的体験』、『有罪者』のテクストを参照しながら考察する。

 そもそも、内的体験とは何か。そのことについては、『内的体験』「第一部 内的体験へ導く序論の素描」冒頭が詳しい。通常、神秘体験と呼ばれるものの具体的内実としての法悦・恍惚の状態を神秘・神といったレッテルを用いずに把握すること。それこそが内的体験を考えることであるとバタイユは語る[2]。しかし、このような概略的な説明を乗り越えてバタイユ研究者、酒井健は次のように述べている。

内的体験とは何なのか,簡潔に述べておこう。動作や行為として外面に現れて他人の目に見えるのが外的体験だとすれば,内的体験は心のなかで起きる出来事である。100円硬貨を出してリンゴを一つ購入する行為は外的体験である。しかしそのリンゴを目にしたときに,あるいは手に取ったときに,心に覚える変化,たとえば喜びあるいは安堵は内的体験だ。[3]

 要するに、内的体験とは目に見えない内観のことである。今、この文章を記述している筆者(礫)はとある喫茶店でPCと向き合い、Breakcoreの音楽や他人の会話を耳に入れ、コーヒーや煙草の匂いを嗅ぎながら、キーボードをたたいている。しかし、こうして外的に記述されたものだけが実在ではない。何となくの気分、心のざわめき、ホワイトノイズやピンクノイズなどの雑音[4]、そうしたもの(記述可能性の外部)も含めて我々は世界そのものを感覚している。「無神学大全」において、バタイユはそうしたものを記述しようとしている。「語りえない」、「沈黙」と一蹴されてしまいそうなものである。それを語るバタイユの言葉は常軌を逸している。

 バタイユの語りの不条理さについて、まず、それが哲学的ではないという点について考察する。彼は以下のようなことを言う。

内的体験と哲学の違いは、おもに次の点にある。体験において、言表は手段以外のなにものでもなく、まさに手段であると同様に障害である。重要なのは、もはや風の言表ではなく風そのものだ。[5]

哲学においては、言葉という媒体によって論理と体験が繋がれる。Aという事象について説明するということとA事象そのものとが「論理的に」一致するというように。しかしながら、バタイユの語りにおいては、論理と体験が不可分になっており、語りがそのまま体験となる。風について語るのではなく、風そのものを吹かせているというように。したがって、「無神学大全」においてバタイユは内的体験について語っているのだという解釈は既にミスリーディングであって、バタイユは我々読者に内的体験そのものを与えているのだと言わなければならない。この意味において、「無神学大全」は哲学的伝統を違犯している[6]。

 では、彼の語りは詩的(文学的)であると見做す必要があるのだろうか。確かに、バタイユの記述には詩に対する肯定的評価が目立つ。例えば、「バターの馬」という詩的表現は得体の知れない感覚を生み出す。しかし、この表現を構成している「バター」や「馬」はどちらも馴染みのある言葉である。このことから、バタイユは「詩は、既知のものから未知のものへと導くのだ」[7]と言う。詩的表現には常識的な言語使用を乗り越える自由的な側面があり、バタイユはそのことを高く評価しているわけである。しかしながら、「無神学大全」におけるバタイユの語りは詩的ですらないと断言しなければならない。

語ることは、自分自身のなかで知っていると思うことであり、もはや知らずにいるためには、もはや語ってはならないだろう。砂が私の両眼を開くに任せたとしても、私は語ってしまった。言葉はまさに逃げる役にしか立たないのであり、私が逃げるのを止めたときにも私を逃避へと連れ戻してしまうのだ。確かに私の両眼は見開かれたが、しかしそれを語ってはならず、一匹の獣のように立ちすくんでいるべきであった。私は語ることを望んだため、まるでその発言が数知らぬ眠りの重みをもたらしたかのように、私の両目は、もはや見ようとしないかのようにゆっくりと閉ざされた。[8]

我々は知っているものについて語ることができる。言語体系の逸脱としての詩もまた、既知的な言葉を媒介して未知的なイメージへと導くという意味において、知っているものによって構成される。しかしながら、バタイユが語る内的体験とはそうした言表可能性の外部にあるわけだから、根本的に未知であり、既知を媒介されえない。だからこそ、バタイユはそれを語るということが非—知性を破ってしまうという意味で内的体験と裏切ることになることを自覚していた。しかし、彼は「最後の人」を降り、他者に向けて語り出す[9]。しかし、通常的な意味での語りではない。言葉を媒介しない語りである。それは呪怨のように無媒介に伝承される[10]。

2.共同の不可能性を共同する

 内的体験はそれ自体として伝承可能である。しかし、私の語りでは尚、伝承されえないはずである。というのも、内的体験は語りを媒介することによって到達が可能化する彼岸のようなものではないからである。むしろ、内的体験はいつでもどこでも感じられつつあると言わなければならない。バタイユが「それは、前もって不安と欲望を他人に求めるのである」[11]と指摘するように、我々が日常的に何となく感じている世界の外部性というものがあって、バタイユはあくまでその伝承不可能性を語ったというにすぎない。

 もう一度言う。内的体験は語りによっては伝承不可能である。私が感じている言表不可能性(非—知)は独断的であり、純粋に主観的であり、決して他者へと共有されえない。それでは、なぜバタイユは語ろうとしたのか。

このような体験は、えも言われぬものではないが、私は、その体験を知らない人にそれを交流させるのである。[12]

バタイユは、語ることによって我々と内的体験において交流することに賭けている。内的体験とはそれ自体、秘匿的なものであり、共有されるべきものではない。そもそも、共有されえないもののはずである。しかしながら、バタイユが賭けているのはこの共有不可能性そのものを共有するという無為の共同である。

 我々の個々の実存は根本的に分断されていて、自閉している。私という一人の人間は言葉や声、肉体によってかろうじて他者とコミュニケートできる。しかし、他者とはどこまでいっても私にとって理解可能な範囲内の他者にすぎず、他者性そのものへアクセスすることはできない。その意味で、他者とは絶壁のようなものである。我々はそこに自身の実存を投影しているだけであって、その外部を理解することはできない。

 しかしながら、絶壁のその外部は実在する。何より我々自身が感じている。言葉のその外部、肉体のその外部、空のその外部、海のその外部。信ぜよ。外部を。

体験のなかには、もはや制限された実存は存在しない。そこでは、一人の人間は人々といかなる点でも区別されない。他の人々のなかにある奔流が、彼のなかへと消えていく。「その大洋となれ」という簡潔な命令は、極限と関係していて、一人の人間を群集にすると同時に砂漠にするのだ。このような表現は、共同体の意味を要約して明確化している。[13]

バタイユは内的体験の地平を砂漠と呼んでいる。期待できるような自己の可能性はなにも存在しない虚無の場所である。しかし、その場所こそが人間が共同する原始であったはずである。自閉を共有する。あらゆる打算から離れたその無意味な共同が至高であるとバタイユは語る。

3.内的体験を好運する

 とはいえ、内的体験は直視できないほどに眩しいし、何より恐ろしい。知の外部=非—知、可能性の外部=不可能性を受苦しがらも、それを愛せるくらいにまで肯定するのが内的体験を好運することであるから、その道のりは極めて険しいと言わざるをえないのである。酒井健はそのことを端的に表現している。

バタイユの内的体験は「好運」を待ち望むという構造を持つ。その発端から恍惚に至るまで運まかせなのだ。運には不運も良き運もある。良き運だけを肯定し,その原因を神に求めるのならば,この運はキリスト教の恩寵になる。運の良し悪しは人間にとっての識別である。バタイユはそのような人間的な介入を排して,良き運も悪しき運も肯定した。運それ自体を好ましいものとした。『内的体験』から『有罪者』,そして『ニーチェについて』に至る彼の『無神学大全』三部作は,好運の体験と思想を極めていく道行きである。病いも春の訪れもともに不可知なるものとの出会いとして寿がれている。ニーチェの「運命愛」の教説の一帰結と言えるかもしれない。ともかく「乾燥化」の苦しみである「刑苦」それ自体が好運であり,「運命愛」の対象なのだ。[14]

価値の善悪は極めて人間主義的な産物にすぎない。だが、砂漠においては善も悪も同等に吹き飛ばされるため、我々はただ生成消滅の流れに身を委ねるしかないのである。だからこそ、バタイユは『ドキュマン』[15]誌において自らの立場を低次唯物論と自虐した。朽ち果て、腐ってゆく汚物すらも彼は愛するのである。バタイユはこの世界の善も悪も含めて、すべてを愛そうとする。我々には愛が足りない。彼はそう叫んでいる。

私は恍惚を望み、それを見いだした。私は、自分の運命を砂漠と呼び、この乾いた神秘を人に強いるのを恐れない。私が到達したこの砂漠に、他の人々も到達できるように私は望んでいる。おそらく彼らには、この砂漠が欠けているのだ。[16]

バタイユはときに混乱しながら[17]も、我々に砂漠を与える。そこに平和があるからではない[18]。砂漠は、到達が期待されるような彼岸では決してない[19]。むしろ砂漠はすでに、つねにそこにある。目をそむけようとも、耳をふさごうとも、それはある。

 最後に以下のバタイユの声とともに幕を閉じたい。

到達できないものが私に開かれるにつれて、私は当初の疑念を捨て去っていく。つまり、甘美で無味乾燥な至福への恐れを。自分の恍惚の対象を苦もなく凝視するにつれて、その対象は引き裂くものだ、とそれについて言えるようになる。カミソリの刃のようにそれは切り裂く、するとその点は叫び声をあげ、ひとを盲目にする。それはひとつの点ではない。なぜなら満ちあふれてくるからだ。煽情的な裸、刺激的な裸は、そこへ向かって放たれた矢である。[20]



[1] 『内的体験』、『有罪者』、『ニーチェについて』の三部作を「無神学大全」と呼ぶ。

[2] 「内的体験という言葉で私が言おうとしているのは、通常は神秘体験と呼ばれるものである。つまり恍惚、法悦の状態、少なくとも瞑想による感動の状態である。しかし私は、宗教的な体験、つまりこれまで人々がしがみつかざるをえなかった体験よりも、剥き出しの体験を思い描いている。それは、いかなる信仰との繋がりももたない、それを原因とすらしない体験だ。だからこそ、私は神秘的という言葉を好まない」(バタイユ, 江澤健一郎訳, 2021年, 『内的体験』, 河出文庫, 21頁)。

[3] 酒井健, 2021年, 「ジョルジュ・バタイユの内的体験と媒介の思想 : 「非-知の夜」の沼地から」, 『言語と文化』, 18巻, 1-18頁。

[4] こういった表現ですら尚、不充分であると指摘しなければならない。

[5] 『内的体験』, 同掲書, 42頁。

[6] バタイユの語りを内―哲学的であると見做せるだろうか。横田祐美子, 2020年, 『脱ぎ去りの思考—バタイユにおける思考のエロティシズム』, 人文書院は、実際に哲学者としてのバタイユ像に意義を与えようとする。しかしながら、ヘーゲルの主張が哲学的であるとすると、どのようにしてバタイユが哲学者になろうか。バタイユの主張した「使い道のない否定性」はヘーゲルの哲学体系に対する全き外部として存立し、その実存自体が絶対知に対する異議提起になりうる。バタイユとヘーゲルは決して同形化されえない。詳しくはバタイユ, 江澤健一郎訳, 2017年, 『有罪者』, 河出文庫, 237-241頁を参照すること。

[7] 『内的体験』, 同掲書, 242頁。

[8] 『内的体験』, 同掲書, 41頁。

[9] ブランショとバタイユは内的体験それ自体が権威であって、償わなければならないことを理解していた。バタイユはだからこそ、それについて語った。したがって、ブランショの「なぜ、最後の人であるかのように自分の内的体験を追究しないのか」は的外れな発言であると指摘せねばならない。『内的体験』, 同掲書, 137-138頁を参照すること。

[10] 「無神学大全」におけるバタイユの語りが言語媒介的ではないということについては、『内的体験』, 同掲書, 25頁も参照すること。

[11] 『内的体験』, 同掲書, 16頁。

[12] 『内的体験』, 同掲書, 16頁。

[13] 『内的体験』, 同掲書, 72頁。

[14] 酒井健, 2016年, 「最期のイエスの叫びとジョルジュ・バタイユの刑苦 : 『内的体験』 の一断章をめぐって」, 『言葉と文化』, 13巻, 1-12頁。

[15] バタイユ, 江澤健一郎訳, 2014年, 『ドキュマン』, 河出文庫。

[16] 『有罪者』, 同掲書, 55頁。

[17] 例えば、「私は、神秘的な体験を描写しようとしていて、ただ外見上そこから離れているにすぎないが、いったい誰が、こうして私が招く混沌にひとつの道を見出すというのだろうか」(『有罪者』, 同掲書, 39頁)とある。また、「ひとつの方法は、書き物によっては伝えられない。書き物は、たどるべき道の跡を示すが、他の道もやはりありうるのだ。唯一の普遍的真実は、避けがたい高揚、緊張である」(『有罪者』, 同掲書, 56頁)とあるように、バタイユは自身と読者との実存的断絶に気づき、内的体験の伝承不可能性を自覚していた。しかし、その伝承不可能性そのものを伝承することに賭けるという姿勢は「アリアドネの糸」という語に示されている。その具体的内実については、別稿に委ねたい。

[18] 「そのような体験は、啓示からは生じず、そこでは未知なるもの以外はなにも啓示されることもない。この体験の特徴は、安らぎを与えるものをけっして何ももたらさないことにある」(『内的体験』, 同掲書, 16頁)。『有罪者』, 同掲書, 278頁にも注目したい。

[19] 例えば、「カフカの城のように、頂点は、最終的に、到達不可能なものでしかない。頂点は、われわれから遠ざかる。少なくともわれわれが人間であり続ける限りは。すなわちわれわれが語り続ける限りは。[…]頂点は、《到達しなければならないもの》ではない。衰退は、《捨て去らなければならないもの》ではない。頂点が最終的に到達不可能なものでしかないのと同様に、衰退は、はじめから、不可避なものなのである」(バタイユ, 酒井健訳, 1996年, 『ニーチェについて』, 現代思潮社, 98頁)とある。

[20] 『有罪者』, 同掲書, 67頁。

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