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第109回 理系人材育成拠点構想は大学教員の研究時間をさらに奪うのか

文部科学省が、小中高校生を対象とした理系人材育成拠点を全都道府県に整備する方針を示しました(理系人材の育成拠点を全都道府県に整備方針、大学が小中高生指導…今後5年めどに文科省 : 読売新聞)。

報道によれば、大学や高等専門学校を拠点として選定し、教育委員会などと連携しながら、優れた理系人材の早期発掘と育成を進めるとのことです。選定された拠点には、5年間にわたり年間5,000万円規模の補助金が交付される予定とされています。

拠点では、小中高校生に対する高度な実験指導や学会発表の機会の提供、大学教員による出前授業などが行われる見込みです。文部科学省は、これまで個々の教員の熱意に依存してきた理系人材育成を、大学全体として取り組む仕組みにしたいと考えているようです。

理系人材不足が懸念されるなか、この政策には大きな意義があります。しかし大学の現場という視点から見ると、別の懸念も浮かび上がります。

それは、

「大学教員はますます研究に集中できなくなるのではないか」

という問題です。


理系人材育成拠点構想とは何か

今回の事業の目的は、将来のイノベーションを担う優秀な理系人材を早期に発掘し、その能力を伸ばしていくことにあります。

文部科学省は、今後5年をめどに全都道府県に少なくとも1か所の育成拠点を整備する方針です。拠点となる大学や高専は、教育委員会などと連携しながら地域の小中高校生を受け入れます。

近年はAIや半導体、量子技術などの分野で人材不足が指摘されており、理工系人材の確保は国の競争力にも直結する課題となっています。その意味では、この政策の方向性自体は理解できるものです。

また、地方では高度な理科教育に触れる機会が限られる場合もあります。大学が地域の教育資源として機能することには大きな意義があるでしょう。

研究者の卵を育てることは大学の重要な役割

誤解のないように言えば、私は小中高校生向けの科学教育そのものに反対しているわけではありません。

むしろ、研究者の世界に触れる機会を提供することは大学の重要な社会的役割の一つだと思います。

研究者を目指すきっかけは人それぞれですが、大学の研究室を訪れたり、本格的な実験を体験したりした経験が進路選択に大きな影響を与えることは少なくありません。

また、日本では理工系学部への進学率が諸外国と比べて低いことも指摘されています。将来の研究者や技術者を育てるための取り組みは、長期的に見れば日本の科学技術力を支える基盤になるはずです。

問題は、その重要な役割を誰が担うのかということです。

大学教員の仕事は増え続けている

現在の大学教員は研究だけをしているわけではありません。

学部教育や大学院教育に加え、

  • 入試業務

  • 学内委員会

  • 外部資金申請

  • 産学官連携

  • 学会活動

など、多様な業務を担っています。

近年はさらに、アウトリーチ活動や社会との対話の重要性も強調されるようになりました。

今回の理系人材育成拠点事業も、その延長線上に位置付けられるでしょう。

小中高校生への実験指導や研究指導を支えるのは、大学教員が持つ専門知識と研究経験です。

そのため、この事業が本格的に展開されれば、大学教員が研究以外の活動に関わる機会はこれまで以上に増えることになります。

評価されることと時間が増えることは別である

今回の制度では、指導に携わった教員を適切に評価することが求められています。

これは従来と比べれば前進と言えます。

これまで小中高校生向けの活動は、しばしば「善意」や「奉仕活動」として扱われてきました。その意味では、大学教員の貢献を正式な業績として位置付けようとする姿勢は前向きに受け止めることができます。

しかし、人事評価に反映されることと、研究時間を確保できることは別の問題です。

小中高校生向けの活動に時間を使えば、その分だけ論文執筆や研究計画の立案、科研費申請書の作成に充てられる時間は減少します。

たとえ評価が向上したとしても、一日に使える時間そのものが増えるわけではありません。

本当に必要なのは人ではなく時間かもしれない

近年、日本の研究力低下がしばしば議論されています。

その際、研究費不足が注目されることが多いのですが、研究時間の減少も同じくらい深刻な問題です。

多くの大学教員は、予算以上に「研究に集中できる時間」が不足していると感じているのではないでしょうか。

今回の事業では、大学院生への報酬支払いや組織的な運営体制の整備も求められています。しかし、それでも最終的な責任は大学教員が負うことになります。

さらに気になるのは、補助金終了後の継続です。

文部科学省は自主財源による継続を求めていますが、多くの大学では財政状況が厳しく、新たな事業を恒常的に維持する余裕は大きくありません。

結果として、一部の熱心な教員に負担が集中する可能性もあります。

おわりに

今回の理系人材育成拠点構想は、日本の将来を担う研究者や技術者を育成するという点で重要な政策です。

その意義を否定するつもりはありません。

しかし大学には近年、教育、研究、社会貢献、産学連携、地域活性化など、さまざまな役割が追加され続けています。

そして今回、新たに理系人材育成という使命が加わろうとしています。

どの役割も重要です。しかし、その役割を担うための人員や時間が同じように増えているわけではありません。

未来の研究者を育てることは重要です。

その一方で、現在の研究者が研究できる環境を維持することも同じくらい重要ではないでしょうか。

理系人材育成拠点構想を考える際には、大学教員の負担や研究時間という視点も忘れてはならないように思います。

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