5○ goén 「ザラついた紙が、僕をここまで連れてきた。」No.88
蚤の市——
なぜ“蚤”なんて名前が付いたのか、僕はまだ知らない。
けれど、少しだけ分かる気もする。
古い時代の匂い。
誰かの記憶。
手放された人生の断片。
きっとあそこには、目には見えない何かが潜んでいる。
写真の沼でもがいていた頃、
僕は目的もなく、よくパリの
「Marché aux Puces de Clignancourt」を彷徨っていた。
何を撮ればいいのか。
どこへ向かえばいいのか。
答えのないまま歩いていた。
そんなある日、埃っぽい古本屋に吸い込まれた。
薄暗い店の奥に、小さな写真集の棚があった。
背表紙を目で追っていると、
店主が無愛想に近づいてきた。
ボンジュールもない。
「こんなのもあるぜ、どうだい?」
そう言って差し出された一冊。
——『Cowboy Kate and Other Stories: Director’s Cut』
Sam Haskins、1965年初版本。

ページを開いた瞬間、
写真の衝撃より先に、紙が僕を撃ち抜いた。
ザラリとしたマット紙。
指先に残る乾いた感触。
その質感が、まるで電流みたいに身体を走った。
写真は、目だけで見るものじゃない。
手で触れ、指で感じ、
五感で“読む”ものなんだと知った瞬間だった。
もちろん僕は、その本を買った。
高かった記憶がある。
でも、値段なんてもう覚えていない。
覚えているのは、
写真の沼でもがいていた僕に、その本が静かに囁いたことだ。
——「お前は、こっちへ来い」

現代には、ネットで公開できる写真集もある。
けれど僕の最後の夢は、
あの日パリで触れた、あのザラついた紙の感触へ帰ることだ。
ページをめくる指。
紙の匂い。
インクの沈黙。
写真を“情報”ではなく、
“体温”として残せる一冊を作りたい。
そして不思議なことに、
あの日あの本と出会った“ご縁”は、今も続いていた。
今年4月、偶然目に入った note創作大賞。
そこへ僕は、
「ご縁だけで繋がった50人のアーティスト・ポートレート」
を投稿し始めた。
営業でもない。
コネでもない。
ただ、人と人が繋がった奇跡だけで撮り続けた50人。
今日、ついに50人目の投稿に辿り着いた。
思えば全部、“ご縁”だった。
パリの蚤の市で、
埃をかぶっていた一冊の写真集。
あの日、あの本を差し出した無愛想な店主も、
今の僕へ続く道の途中にいたのかもしれない。
Merci Monsieur et pour cette belle rencontre.
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