まだ壊れていないリモコンを修理し続ける、僕らの病
「人生に満足しているか?」
自分の心に問いかけてみると、「まあ、それなりに」という言葉の裏側に、拭いきれないモヤッとした感覚が張り付いていることに気づきます。
大きな不幸があるわけではない。日常は平穏。
なのになぜ、心は満ち足りていないのか。
今朝、シーリングファンのリモコンを手にした瞬間、僕は自分の中に潜む「思考のバグ」を捕まえましました。
0.1ミリの違和感:リモコンをめぐる脳内実況
我が家は勾配天井で、空調効率のためにシーリングファンが不可欠です。暖房をつけ、ファンを回そうとリモコンを手に取る。そのわずか数秒の間に、僕の脳内ではこんな思考が駆け巡っていました。
「このリモコンが壊れたら、本体ごと交換かな?」
「リモコンだけ買い替えられるのか、あとで調べておこう」
驚くべきことに、リモコンは一切壊れていません。
今、この瞬間に起きてもいないトラブルに対して、僕は貴重な思考のリソースを割き、あろうことか「調査」という行動まで起こそうとしていたのです。
「保険」という名の、今の放棄
自分の中の自分が言いました。
「それ、壊れてから考えたらええんちゃう?」
衝撃でした。
僕の思考パターンは、常にこれです。
* 将来のために、今これを準備する。
* 来週のために、休日をこれに充てる。
一見すると「戦略的な事前準備」に見えます。しかし、この思考は止まるところを知りません。どこまで行っても「未確定の未来」に備え続ける、いわば過剰な「保険」を人生に掛け続けている状態です。
その結果、どうなったか。
生活は安定しましたが、代償として「今、この瞬間を楽しむ」という感性が死んでいたのです。
戦略的劣化:未来への備えを「あえて」捨てる
今回の気づきは、僕の「自分操縦術」における重要なアップデートになりました。
常に巡っている思考に対して、こう問いを立てることにします。
「それは今この瞬間のため? それとも、不確かな未来への備え?」
大人として、未来への備えは必要です。しかし、そのバランスが崩れれば、一生「まだ見ぬ不安」のために今を削り続けることになります。
今日は、あえてクオリティや効率を捨ててでも、「確かにある今」にこの15分を使いたい。FM岡山のマイクの前で、生々しい自分の失敗を笑って話せるような、そんな「手触りのある今」を積み上げていく決断をしました。
不確かな未来のために、今日を殺さない。
さあ、シーリングファンの下で、最高の「今」を始めようと思います。
【X用ポスト案】
170日毎日更新していても、思考のバグは見つかる。今朝、壊れてもいないリモコンを手に「故障した時の買い替え」を心配している自分にゾッとした。
未来への「保険」を掛けすぎて、今この瞬間を使い切っていない。備えは大事だが、それは今日を台無しにする理由にはならない。今日は「今」を生きる。
