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短編小説|After grow⑫『めぐり逢い』(1,311文字)

傘に当たる水滴のリズムが、胸の高鳴りと重なり合っている。意識を手放すと、柔和な表情が自然と浮かび上がってしまう。通り過ぎる人が視界に入るたびに、緩んだ口角を真一文字にして何事もなかったように誤魔化した。

インターネットで購入した傘は、紗季がお気に入りのブランドだった。ベージュの生地に淡く浮かぶコスモスの柄が、紗季の心を一瞬で鷲掴みにする。梅雨の時期に合わせて迷うことなく購入したが、そんな時に限って今年は空梅雨の日々が続いていた。

ようやく訪れた雨天に、昨夜からの高揚が全身に満ち、収まりがつかない。湿ったアスファルトを弾く足音が軽快に聞こえる。空から落ちてくる滴が心を躍らせるような音を奏でて、また笑みが零れ落ちてしまった。

――ただ、手の中にある冷たい氷が溶けていく感覚は、ずっと残っている。

駅に近づくにつれて、たくさんの傘たちが増え始めた。掌に溢れる情報のせいで、色彩を帯びている雨景色あまげしきを誰も気に留めない。霧雨の中に溶け込んでいるはずの自分の傘は、どんな彩りを飾っているのだろうか。また口角が広がった。

駅の構内に入ると、通勤ラッシュに巻き込まれたサラリーマンたちは窮屈そうに傘を閉じていた。紗季も、滴が周りに飛ばないよう気をつけながら傘を畳む。真新しい生地の香りが鼻先をくすぐる。それは毎日、同じような通勤風景に少しだけ変化を与えてくれた。

一仕事終えたお気に入りの傘の余韻に浸っていると、バッグに仕舞い込んでいたスマートフォンの音が鳴り出した。画面には母からの着信が表示されている。改札口に向かう人々の邪魔にならないように、壁際に移動した。

「――はい」

「――あ、紗季?もう仕事?」

「いや、今から電車に乗るところ」

「そう。来週、こっちに帰ってくるんでしょ?」

「そうだよ。土曜日にそっちに帰る予定」

「雅彦おじさんも、来る予定だから」

「え?雅彦おじさんも?」

紗季の目が一際大きくなった。

「仕事でこっちに来るから、久しぶりに家にも寄って行くんだって。紗季にも会いたがってたよ」

「そうなんだ――」紗季は笑みを堪えきれなかった。

「私も雅彦おじさんに会えるの楽しみにしてる、って伝えといて」

「いいよ。じゃあ、気を付けていってらっしゃい――」

母が電話を切ったことを確認すると、スマートフォンをバッグに仕舞い込んだ。紗季の手がバッグの中に入ったまま、止まる。

――電話じゃなくて、LINEで良くない?

一瞬だけ頭を過った疑問に眉をひそめたが、すぐに溶けた。

『雅彦おじさん』は、紗季が幼い頃よく遊んでくれた叔父だ。彼が起業したのと同時に、紗季の実家に立ち寄ることがなくなった。雅彦おじさんと会うのは、恐らく十年ぶりになるのではないだろうか。

――社会人になった私を見て、おじさんはなんて言うだろう?

――雅彦おじさんを見て、私はなんて言おう?

――おじさんと、どんな会話をしよう?

久しぶりの再会シーンを想像しながら唇を噛み締めた。バッグを肩に掛け直すと、胸を弾ませながら改札口に向かう。コスモス柄が浮かんだベージュの傘は、手元になかった。

※御拝読、ありがとうございました。
感想は、胸の中でそっと受け取ってもらえたら嬉しいです。

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