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ロマンス小説:どうしようかな

どうしようかな。

胸の奥あたりがざらついて。
大根でもすれれば肌理も細やかに。
サンマにでも添えて飯のおかずにもなるだろうけど。

浮ついた諦めがじくじくと染み出す。
剥がされたかさぶたをもう一度張り直す。

忘れてしまえば忘れていられる。
思い出してしまうと忘れるのに苦労する。

あたりまえのことだけれど。
これは詩ではない。小説だと思う。
物語が進むにつれて症状は悪化していく。

悪くなっていく。
良くはなっていかない。

たまに会っても話もできない。
とても話したいことが話せないとき
人は言葉を失うのだろう。

なんてね。

飲み過ぎた日本酒を吐き出すよりも
本当の言葉を飲み込んでいたい。
まっすぐ歩けないくらい酔っている。
気持ち悪いくらい好きすぎている。

あの朝から。
僕はへまばかり繰り返している。




からあげの油がしつこい夜は
何をやってもうまくいかない。
空からは星が降り蛇口からは水が流れる。
しなびた吸い殻の饐えた匂い。

裸足で履いたスリッパ。
洗われていない皿やコップが
シンクで黙って乾いている。
誰かの不在を感じている。もしかしたら。

ここには誰かがいたのかもしれない。
または誰かがいるべきだったのかもしれない。
もともと誰もいなかったのかもしれない。 
吊されも畳まれもしないコートやジャケット。
丸まった靴下。

こめかみに重たくねじ込まれた違和感は
昼間に飲んだビール。
冷蔵庫はよく冷えている。

外に出るには少し寒すぎる。けれど。

日高昆布のおにぎりが食べたい。
じゃこめし何とかカツオ何とかのおにぎりでもいい。
ビッグコミックオリジナルが発売されていれば
買って帰りたい。

鉄筋コンクリートの建物は扉も重たい。
エレベーターのボタンを押して1Fへ降りる。
居酒屋の通りを抜けて角のコンビニエンスストアへ。
レジを打っているのは中学生のような肌の男の子。

午後7時。
電灯の明るさと有線ラジオのような音楽が
色んなものを阿呆らしくさせる。
その中では僕も
何らかの役割を持った人間のような気持ちになる。

ビニール袋を持つ手が冷たい。
ずしりと重たいのは洗濯用洗剤も買ったから。
結局。日高昆布もじゃこめしもなく。
国産和牛がなんちゃらおにぎりを。

ポケットの中に手を入れるように
あの子の中に入りたいと思う。
いや。違う。違う。あの子なんていないし。
入ることもできない。
何かの中に何かを入れたいと思う。
ポケットの中に手を入れたいんだと思う。

エレベーターの前に立つと
ボタンも押していないのに扉が開いた。
中には誰もいない。
時折。そういうことがある。
赤い外装は年寄りの皮膚のように乾いている。
家賃40,000円のアパートで
僕は毎日5Fのボタンを押す。

誰からのおかえりも聞こえずに。
靴も脱がずにソファに座る。
いつか。
誰かが座っていただろうソファに座る。
それは。
誰某だったり何某だったり。
よくあるわけでもないけれど。
まるで無いことでも無いことだ。
今は僕が一人で座っている。

牛肉がなんちゃらというおにぎりを食べている。
アーリータイムスという銘柄のウィスキーで
流し込んでいる。
今朝は。

いや。いい。止めておこう。それよりも。
フレンチドレッシングについて考えよう。

フレンチドレッシング(French dressing)は、アメリカ合衆国で生まれたサラダドレッシングである。別名「カタリーナ・ドレッシング(Catalina dressing)」。ヴィネグレット砂糖を加えた「白」と、ケチャップを加えた「赤」の2種類がある。フランスではヴィネグレットに砂糖やケチャップを混ぜる習慣は無い。

ということだ。ちなみにヴィネグレットとは。

フランス料理における最も基本的なサラダドレッシング。フレンチドレッシングとも呼ばれることもある。を1:3の割合でよく混ぜ、胡椒で調味したもの。

とある。

僕が小学生の頃。給食のドレッシングといえば必ずフレンチドレッシングだった。当時の僕はフレンチという言葉がフランスを意味することすら知らなかったし。疑問にも思わなかった。当時そのドレッシングは謎の白い液体として千切りキャベツ等の丸くて平ための缶で運ばれる副食にかけて食されていた。人気も無いがそれほど嫌う子どももいなかったように思う。

学校給食ではソフト麺という細ウドンをミートソース的なものにつけて食べるものが特に人気があったようだ。ソフト麺は正しくはソフトスパゲッティ式麺というらしいが。近年。スーパーマーケットに売っていたソフト麺を手に取ると【商品名 ソフト麺】【名称 うどん】と書かれていた。材料が違うという話もあるがやはりソフト麺はウドンだったのだという確信を得た喜びは今でも良く覚えている。

そう言えば。僕もソフト麺が大好きだった。欠席した生徒の分のソフト麺を奪い合って獲得した記憶がある。そしてそれを50円で同級生に販売していた気がする。ソフト麺に限らず。プリンやケーキ。ジュースや牛乳なども。奪い合いに参加し獲得し販売していた。その掛代金として同級生にお金も貸した。掛代金でなくとも貸した。1円単位から500円程度まで。小金を貸して利子を取ってた。それはカエルのキャラクター(確かケロケロケロッピという名前だった)のノートに記帳し貸し倒れの無いように備えていた。ただ。それが為に両親にばれて廃業に至ったところを考えると。脱税や世の中の不正というものは。書き残すべきではないが書き残さないわけにもいかないというジレンマがあることだなあ。と。そして。日記や小説。物語というものもそれに近いものがあることだなあと。一人得心してしまう。ただ。そう考えると。僕はソフト麺が大好きだったわけではなく。小銭が好きだったということ。そしてまだ。書き残すべきでないことも書かずにはいられないのだということが。わかるような気がする。

フレンチドレッシングについて語ることは
とても難しい。

それ以上に語りがたい事柄について。
僕にどうすることができるのだろう。

気がつけば朝。

大きな音が聞こえなくなると
小さな音が聞こえるようになる。
小さな音は耳をすませると
大きな音と同じように聞こえる。
そして僕は小さな音が好きなんだと思う。

遠くで鳴る線路のガタンゴトン。
空の上で鳴る風の音に似ている。
目覚まし時計のチクタク。
鼓動のように止まない時間。
鼓動のようにいつか止む時間。 

止まるか止まらないかしかないだけなのに。
それ以外の選択肢を求めている。
ロフトベッドのシーツはいつも酒くさい。
枕元のウィスキーは今朝は倒れてこぼれていない。
昨日の酔いと合わせて流しに流す。

香り。
こめかみからホルマリン漬けのサナダムシ。

昨日はありがとうございました
今日もいい一日になりますように

ふわり日本酒の吟醸香。
誰かもわからず。
その髪の色。
下着の柔らかさ。
耳たぶの硬さを思う。
そこから。

拾い上げられる宝石は。
とても鋭く指先を切る。
温かな血を流す。
ほのかにしょっぱい。
こくのある赤。

必ずしも正しい道を歩いてきたわけではない。
だからといって世の中に
舌を出してきたわけでもない。
始まりと終わりを直線で結べない道が
この世にはあります。
迷った道が、私の道です。
大分麦焼酎。二階堂。




駅近の西側のビルの頭の裏に日が沈む。
後光が差して街はその乱雑さに落ち込む。
ファミリーコンピューターだったら
何もない空間で上ボタンを押さないと入れない。
秘密の扉を開く。

カウンターにテーブル席が二つ。
看板もなくのぼりだけ外でゆらゆら。
ギョウザと書いてある。
カウンターに並んだお惣菜
別に中華料理ではない
と焼酎のボトル。
こないだ来た時は誰もいない店内のテーブル席で
親爺さんが一人でサンマを焼いていた。

今日はカウンターでお客さんと将棋を打っている。
酒も売らずに油を売ってる。
ボトルの焼酎とお湯割り用のポットをもらったら
傍らで盤を眺める。
ちなみにボトル代を払った後は
特にセット料金もつかない。
帰りたくなればお愛想もせずに出て行けばいい。 

水道水を沸かすと変な匂いがする。
それが安い焼酎とよく合う。
白熱してる所で申し訳ないのですが
お腹がすいてしまいました。
なんて言えずにただ盤を見る。

でも

あの
すいません

はーい

切りのいいところでいいんですけど
餃子一枚焼いてもらえますか。

あーはいはいちょっとまってね

勝負相手に向けて

悪いけど先焼いちゃうわ

と奥の厨房に入る。

店内のテレビに目を向ける。
お兄さん。こないだも来てたっけね。
ええ。
将棋できる?
そうですね。少しなら。
じゃあ、この後一局やろうよ。
いいんですか。
おう。もうすぐ詰んじゃうから。これ。
とあれこれ言いながら餃子を待つ。

土塊た顔色が盤をにらんでいる間
これまでに掘り起こしだ
ショベルカーの油のきしみを
自分自身のことのように感じたい。
奥から心地よい音が聞こえる。

はい。お待ち。

並んだギョウザを切り分けて
酢胡椒で食べる。
昔からお酢で餃子を食べてきた。
近年酢胡椒が評価されて
確かに胡椒は胡椒の味がある。
どうやら勝敗は親爺さんに決したようだ。

おにいさん。じゃあ一局やるか。
ありがとうございます。
父と差した将棋と同じような展開。
でも少し違和感がある。
父親のように厳しくはない。
手をぬかれているわけでもない。
ただ違う文化で差している感じがある。
お前は大事にされてきたんだなと
教えられている気もしたが
勝敗は流れの中で旗が揚がる。

ありがとうございました。
兄ちゃん強いね。またやろうね。

おにいさんから兄ちゃんに格上げ。
少し嬉しい。少し楽しい。
もう一局と思った瞬間、心の中の親爺さんが
少し寂しそうな気がした。
見てるだけ。ここでは僕は見てるだけ。
もう少し現実世界で頑張らないと
まだここで楽しむわけにはいかないと思う。
最後に。

五目ラーメンできますか。

はいよ。

すぐに出てくる。
白菜人参もやし豚肉エビ。
酔い覚ましに
むしゃむしゃもやしを食みながら
お湯割りの焼酎を流し込んでいたら
僕もどうやらシンデレラハネムーン。

ごちそうさまでした。

はーい。1,680円ねー。

とりあえず今日は帰ろう。
呑み疲れたし成すべきことも特にない。
明日に期待することもないけれど。
今日を終わらせて進みたい。

大蒜の匂いをまといながら
客引きの肩を避けていく。
別に避けなくてもいいのだけれど
あたると痛いぜ。
ちょっと酔ってる。

見覚えのある建物を触って。
落ち着く。
エレベータ―のボタンを押して
汚れた壁に背もたれる。
少し寒い。

誰かを思う。

扉が開き。

誰もいない部屋へ帰る。
誰もいない部屋に帰る。
誰かがいた部屋に帰る。

息苦しさについ音を上げる。

会いたいな。

シャワーを浴びて寝間着に着替えて
もう今日は終わりです。
と逃げ切ってたら。

会いたいね

会いに行くよ。

いいよ

どこタクシーでもいいけれど
思いつくタクシー会社に電話して
着替えて整えて。

焦る。落ち着く。焦る。

行くよ。どこまでも。
ハイウェイがこの夜に突き刺さるところまで。

今日はお客さんが少なくてね。
やっぱり2月は少ないですか。
そうですね。
じゃあその角をまがって道なりにバイパスに。
はいねー。

かしゃかしゃと順調にメーターが伸びる。
恐ろしさ

不思議さ

浮かれた気配。

沈むシート。

冷えますねー
そうですねー

光が後ろに消えていく。
ラブホテルの看板が見えて消えて。
やがて二車線から一車線に車線が減少し
インターチェンジから一般道へ。
そこを左に。
道なりに右で。
あと50mほどで。
はい。そこで。大丈夫です。

大まかな場所にタクシーを止める。
8,780円です。
カードでいいですか。
どうぞ―。

紅潮しながら階段を上る。

鉄の階段がカンカンカンと靴底を鳴らす。
ことに気付いて忍び足で昇る。
誰に忍ぶでもないかもしれないけれど。
焦る。落ち着く。焦る。

ここにいるべきではないような。
背後から誰に襲われるのか。
足早にそして速やかに
呼び鈴を押すのも躊躇われて。
周りを見渡せば穏やかな春の宵。
近くには山陰がうっすらと影を落とす。

静か。

静か。








静けさ。











ガチャ







慌ただしい朝の気配を後にして
重たい扉を閉める。
かんかん鳴る鉄の階段に足取りも軽く
硬いコンクリートにジャンプする。
冷たい空気がむずかゆい。

これでいい。

ポケットに入れた手はあたたかく
子どもたちは今日も学校へ行く。
大通りではタイアが道路に摺りおろされて
ところどころのアスファルトは焦げたように黒い。

剥がされたアーケード。
耐用年数を遥かに超えた減価償却ゾンビー。
誰が裁きを下したんだろう。
断ち切られた時間の断面に被さる
さめざめとしたブルーシート。

山陰と静けさを思い出す。
何もできず立ちすくむ僕に向けて
開かれた扉。
どうしてそんなに
透きとおった嘘が吐けるのだろう。
なんて悲しく優しいんだろう。

カランコロン。

いらっしゃいませ。
ホットサンドとアイスティを下さい。
ミルクかレモンをおつけしますか。
レモンください。ガムシロップは要りません。
ホットサンドとアイスティ。レモンガム抜き。
でよろしいですか。

頷く。

テーブルに触れる。
重たい焦げ茶色。
すこしペタつく。
灰皿がある。ということは許されている。
念のため聞いてみて
やはり許されている。

右手が胸のポッケからその隣に。
キャメルとセイフティマッチィズ。
うきわかもめ。
彼方を見据える駱駝の艶やかに黒い瞳。
砂塵に薄汚れた空。
銀色のキャメルの文字から光は射され。
太陽はここでも。
閉じられた何かに隠されている。
しかし暁は必ず染めるはずだ。
と。
うきわかもめが教えている。
黄色の浮き輪の中に水平線が別っている。
赤と青。
を越えて飛ぶかもめ。
手羽先に穏やかな凪を。
黒玉に赤く燃える東雲を映して。
唇に。
しこったフィルターを挟む。
かしゃと。
箱が揺れて。
燐が燃える。
溶ろけた炎で煙が揚がる。
ふらり。
いけない。
酸素が足りない。

がたんごとん。
次は。鎖骨六丁目。鎖骨六丁目。
リンパ腺。扁桃腺を。
ご利用のお客様は。お乗換え下さい。
この電車。前頭葉西口行きの準急でございます。
鎖骨六丁目を過ぎますと。
終点。前頭葉西口まで止まりません。ご注意下さい。

がたんごとんと。
車内に空席は無く。
しかし吊革を握る人も少ない。
間も無く鎖骨六丁目。
の車掌の声。
気をつけて。
僕は知っている。
止まる電車の中。
座る人人は一様に首を傾げる。
訊ねる疑問も持たずに。
おお嫌。
隣の若い女性。
綺麗な首筋も恐らく僕に向けて傾げる。
逆らう意思を持って備える。

きぃー。
鎖骨六丁目。
加速が止まり。
ぶつかる。
引きつった頬肉。
柔らかく。
彼女の髪から滑る光沢に触れる。
香る艶やかな首筋は。
嫌じゃない。
傾いて。
とても良い曲線。
どうしよう。
この人を知っている。

扉が開かれ。また閉められ。
前頭葉西口行き準急。発車いたします。

がたんごとんと。
揺れて。
横倒しになる僕。
支える彼女の肩が和やかに。

ごめんなさい。でも。

微笑んでいる彼女に安心して。

しばらくこのままで。お願いします。

ぼろぼろと灰が落ちる。

あのですね。

手のひらで受け止める。

肩が硬すぎる。

とはあんまりな。言い方だ。

とは思いませんか。

思わない。

と。いうと。硬すぎる肩が

上がり頬を払う。いや。では。

無いと思う人ですよね

違います。ホットサンドとアイスティです。

でよろしいですか。

手を握る。暖かい。からだきしめて。

いや。

嘘だ。
覆われる重力の異常。
声が吐き出されて。
より大きな何かに。
憧れるので落下する。

それで。いいですか。かな。

僕は。いや。かな。あたし。かな。かな。

間も無く。前頭葉西口。前頭葉西口。
左側の扉が開きます。ご注意下さい。

冷めた。
ホットサンドを齧る。
窓から差す陽光の向こうにブランコが光る。
少し揺れて。
雲間が切り裂かれた。
虹色の無造作が架かる。
音も無く消えて薄まった。
アイスティに。レモン。ガム抜き。

ひらひらと
落ちる花弁
吹く風と
舞わず素直に
横たわり
晴れ






昨日はごめん
ありがとうね

テーブルのホットサンドを少し食む。
アイスティにレモンスライスを滑らせる。
くしゃっとしたトーストの中で。
なめらかなハムが僕に向かって話しかける。

何もかも真実から遠ざかった
耳障りのいい言葉ばかり吹き出しに並べて。
嘘寒いやりとりで騙されているのはお前。
騙しているのもお前。
磔にされてカラスに内臓を啄まれればいい。
滑り倒した会話の責任も取らず
静謐を気取るな。

もきゅもきゅと噛み下す。
溶けたチーズをびろびろさせる。
ストローで飲む。きっと冷たい。

阿呆くさい。恥さらしの間抜け面。
お前にできる事なんか何一つない。
誰もお前を受け入れない。
嫌がられて嫌がられて泣き寝入れ。
幸せを祈っているのではない。
幸せを呪っているのだ。
傷ついたふりもやめてくれ。
みっともなくて見ていられない。
現実から眼を背けずに真実を見つめ直せ。


饒舌なハムは歯に衣を着せず
ファム・ファタールは黙して語らぬ。


もういいよ。

ペロリと平らげティーを飲む。
煙草に火を付け公園を眺める。
ブランコに乗ってどこに行こう。
どこへ。
どこかへ。
水平線の向こう側に。
海辺のダダリに。

駄目だ。駄目だ。救いようのない阿呆だ。
この男の中にあるのは薄暗い情念だけ。
未練の小麦粉をこねくり回して
何を作ろうというのか。
人間としての素晴らしさ
美しさなんて欠片もない。
茫洋と歩くだけしかできない腐った死体。
歩く屍。

こちらこそありがとうございました
送っていけなくてごめんなさい

海辺のダダリ。
いつか一緒に行きたいな。

明日とかどうですか

迎えに行くよ。

ありがとうございます


ある種の嘘は
近づくほどに小さくなり
遠ざかるほどに大きくなる。
逃げられない。
乱れた遠近法に
三半規管が狂って立っていられない。
両手を挙げて空を仰ぐ。

まいりました。おてあげ。

カランコロン。

容赦ない午前の光
鳩の声。
ただ歩くだけと言われても
バスもタクシーも来ないのだから。
救いは求めるものにしか与えられない。
駅に行かなきゃ帰れない。

もう一度だけ言っておく。
当て所なく歩いて辿り着いたところを
天国だとは言わないぞ。
方向を決めて計画を立て
小さな作業を積み重ねる日々。
自己と相容れない他者を受け入れ
社会の中で生きていかないのであれば
誰もお前を眼に止めない。
通り過ぎていく自動車たちはお前を見ていない。
その辺の信号機と変わらないんだ。お前は。

歩行者や信号機を見ずに運転ができるか。
などと
未消化のハムまたはチーズに言ってもしょうがない。
欲しいのは愛でも恋でも天国でもない。

見上げると空。
光の彼方に手を伸ばす。

アーケードから解き放たれて
古いショーウィンドウも輝きを取り戻した。
苔むしたレンガの舗装路も乾いていく。
少しずつ
きっと少しずつ癒えていくだろう。
この街も。僕も。

それでも
ホットサンドは黙らない。


      ⑥

どうしてかな
優しい言葉はいらないつもりなのに
どうしてかな
少しだけあの人の言葉を待っている気がする

私には私の生活があって
それは時々逸脱するかもしれないけど
大切に思う人達の中で
私も大切にされていると思う

だけど
どうしてかな

会いたいよ

って言われたら

会いたいね

って答えてる

会いに行くよ

って言われたら

いいよ

って答えてる

駄目な私
いつまでも駄目駄目では駄目だから
ちゃんと会って話をしよう
そのための
いいよ
だったと思うから


もし来たら




伝えないと

私が地球を侵略しに来た
レティクル座星人だってことを

伝えなくちゃ

私がピンクの板に乗って
未来から来た
猫型ロボットだってことを

伝えなくちゃ


冬の寒い日に
傘を載せてもらった
六地蔵の内の一地蔵だってことを

罠にかかっていた鶴だったってことを


十字架に吊るされて
全人類の罪を贖って死んだ
予言者だってことを


伝えなくては

私は全にして個
個にして全なる存在だってことを



伝えなければ


宇宙暗黒大僧正様に




本当のことを


お伝えしなければならない





静けさの中に
階段を上がる音が聞こえる
少し静かになって
扉の前にもう来ている

ためらっている
いつもそう
そのためらいが
私の優越感を刺激する

彼の匂いが残る部屋を
ファブリーズする
ベランダに置かれた瓶詰めの煙草に
うんざりする

丁寧に部屋を片付ける
何をしているのかな

わからないままに
今日の支度をしなければいけない

少し
寂しかったのかもしれない
彼のさりげなさを
少し
くすぐりたかったのかもしれない

何となく
それも嬉しかったけど
眩しすぎる朝の光の中で
亡霊のように溶けていく

レアチーズトルテが食べたい
どうしようかな
シャワーを浴びて
お風呂も入念に掃除する
排水口までチェックする

朝ご飯を食べている暇はない
コンビニで何か買おうかな
少しめんどくさい
それもこれも彼のせい
あの人がすべて悪い
私のせいではない

この世界を少しずつ少しずつ
悪い方向にねじ曲げようとしている
何もかもありのままに
素晴らしい世界だったのに
汚染されていく
天井が傾いて暗い

わあわあ言うな
わいわい言うな
やいのやいの言うな

やいのって何なの

冷凍庫にパンがあった
トースターであたためた
バターロールだから
優しくしてくれる?

昨日はごめん
ありがとうね

謝らなければいけないことは
二度とするな
宇宙暗黒大僧正様に知られたら
この世界はお前ごと裏返るからな
間抜けめ

バターロールと牛乳を手早く口に入れ
お皿もコップも流しでお留守番
扉を閉めて鍵をかける
誰も入ってこられないように

桜色の軽自動車
遠隔操作で鍵が開く
私が入っていけるように

今日は道も空いていて気持ちが良い
少し肌寒いくらいが丁度良い
空気が澄んでいる
これなら
宇宙暗黒大僧正様のお言葉も
綺麗に受信できるはず

仕事場の駐車場で少し落ち着く

こちらこそありがとうございました
送っていけなくてごめんなさい

海辺のダダリ
いつか一緒に行きたいな

性懲りも無い弱さ
無責任とバターを練り固めて
オーブンレンジで焼けばいい
卵黄でも塗れば
少しは見栄えが良くなるのか

明日とかどうですか

でも今朝は
レアチーズトルテが
食べたかったし
明日の予定も特に無いし
駄目な私をもう少し
駄目駄目にしたい気もする

迎えに行くよ

ありがとうございます

レアチーズトルテが食べたいだけ
ただそれだけなのに落ち着かない
どうしたらいいのかな
この生き辛い世の中で

その時が来れば
答えは自ずから見えてくるでしょう
宇宙暗黒大僧正様にお任せするしかない





ごめんなさい
風邪を引いてしまって
また今度連れてって下さいね

これでいいんだと思う
また今度

余計だったかもしれない
レアチーズトルテは
一人で食べた方が美味しい

誰にも知られてはいけない
いつからかこの部屋は
私のための部屋ではなくなっている
黄色い肘掛け椅子も白い戸棚にも
彼が触れた指紋が残っている

ティッシュペーパーの箱も
彼が動かした時のままだ
すべてに私が触れ直して
浄化しなければいけない
それでも身動ぎ出来ないで
じっと押し黙って
こうして一人
もう眠れない夜を待って
薄暮が閉じて
私の部屋に明かりが灯る

逃れきれない暗さが動いた気がして
馴染みかけた黒目が驚いて跳ねた
きっと気のせい
何をして過ごそうにも夜明けは遠すぎる

立ち上がって爪切りを取る
左手の爪から順繰りに切っていく
親指よりも小指の鋭い曲線が好き
でも足の爪は親指の方がいい
他の指は自在に動かすことができない

もし私の小指の隣に新しく
六本目の指が生えてきたら
どうしよう
何指と名付ければいいのかしら

悩むけれども痛くはない
それから逃れようとしたときだけ
親知らずな指を切り落としたときだけ
血は流れるし痛い
きっと後悔をする
私は深爪をする

室内灯から逃れた闇が少し動く
光あれ
私が告げても神ではない身のもどかしさ
小さな本棚の裏側は
この部屋の夜をすべて集めてきた
ずっとこれからもそうであるように
だから今夜は少し
もの淋しいのかもしれない
私は動けないから
私に近づいて
私の部屋にあるものは
みんな私のものに違いないから
愛してあげる
それが彼であったとしても何であったとしても
照らしえない私は
許さなければいけないのだと思う
ただの退屈な暗闇でしかない片隅にも
いつかそんな日がきてもいいのかもしれない

でも明日
私は薬局が始まる前に家を出て
バルサンノンスモーク霧タイプを買ってきます
防虫効果もあるらしいので
嫌な害虫は近づけないと
コマーシャルしています
それがきっと
動く闇すらもいちころに
彼は仰向けに足を固めて
動けなくなることでしょう
その残骸をどうしていいのか解らないまま
きっとどうにか棄てられるのじゃないかと思います

だからあなたも私に棄てられる前に
世界中の薬局を買い占めて
それに備えれば良いのです
宇宙暗黒大僧正様に
この身を捧げるその日まで
それがあなたの唯一のレモンケーキ
じゃなくてレゾンデートル

おやすみなさい

どうしよう。かな。

声がきこえる。
かな。

バルサンノンスモーク霧タイプを
買い占めなくちゃいけないの。かな。

かな。
声が聞きたいよ。

明日になれば
君の声が聞こえるのかな。

ごめんなさい。
風邪を引いてしまって
また今度連れてって下さいね。

かなしいよ。
かな。

ある種の真実は
近づくほどに大きくなる。
もう二度と
会うことはできない。
かな。

もう嘘はいらない。

どうすればいいの。
かな。

果たされない約束は。
叶えられない祈りは。

かな。

ざわついた違和感。
美しい君の小指を刺した哀れ蚊。
もう一度だけ。

声をききたい。
かな。

かなしいよ

かな


しいよかな。




たな




たま

たまよ

たまよ

たまよ

ぱり

たまよ

ぱりれ


たまよ
パンティテックス

珠代パンティテックス
珠代パンティテックス
パンティ
パンティ
パンティテックス

珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代パンティテックス珠代。


珠代姉さん。

あはははっはははははははっはははあはっはははあはは。
はは。楽しい。

ウィスキーボトルをテレビに投げる。
ブラウン管がブシュウと割れる。
楽しい。

どうすんだよ。これ。

わかったよ。
僕は愚かで
君はいつだって正しい。

きつい言い方して悪かったな。

ハムに謝られたのは初めてだ。

わかればいいんだ。

あれだろ。ちょっと真似したかったんだろ。

To be or not to be.

まるっきり似てないよ。

だけど彼女が風邪を引いたのは本当だぜ。

そうだね。

どうすんだよ。


どうしようかな。





どうしよう。

かな。











君のいない海













君のいない空













君のいないダダリ











海辺のダダリ









知ってたの

なんとなく

言えなくて

聞けなくて

ありがとう


じゃあね

またいつかね














君のいない世界

君のいない夜
君のいない朝

君のいない街
君のいない部屋

感じていた君の気配も
待っていた君の言葉も

君からのやさしさ
君からのやさしい嘘

果たせなかった約束
叶えられた祈り

ただ君をおもう

呪われた夜ではなく
祝福された朝

いつか
この物語を君に届けたい

君は笑ってくれるだろうか

いつか
から
いまに流れ込んでくる
おもいを
見下ろして
橋の上

僕も僕で幸せに生きている


だから

それでいいのかな




だから
これでいいの


かな









おしまい







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