見出し画像

短編小説:鳩を踏む

(本投稿はアフィリエイト広告を含みます)

五月の窓から涼やかな風が会いに来た。
出窓の硝子瓶が割れないように
そっと閉める。
閉じられた空間の中で
私も風に会いたくなる。

ちょっとだけ歩くことにする。
薄雲がほどよく棚引いて
茜色に吹き流す。
私の中を通り抜けていく。

スカートの裾が泳いでいる。
ぬくもった体が禊がれて
私は私であることを忘れる。
花びらのように軽い体で

私は鳩を踏む。

やわらかくて
あたたかい何かを踏む。
茜色の空を踏む。
後戻りしてもう一度見る。

私は鳩を踏んだ。

幕を下ろしたのは
私ではない。
首が斜めをにらんでいる。

どうしましょう。

—あのね。落ち着いて聞いて欲しいんだけどね。

私は弟に電話した。

—鳩を踏んだの。
—何?
—あたしは鳩を踏んでしまったの。
—どうして。
—あまりにも茜色が綺麗だったから。

—ちょっと何を言ってるのかわからない。
—サンドウィッチマン?
—そういう意味じゃない。

—どうしたらいいかしら。
—大丈夫なの?その鳩。
—もう死んでるわ。
 正確に言うと死んでる鳩を
 あたしが踏んだの。
—じゃあ。姉貴の所為じゃないじゃん。
—だけど。あたしが最後に踏んでしまったのよ。

—どうしたいの。
—どうしたらいいの。

弟は知らないことについても
さも知っているような顔をして
喋るのが得意だ。

—知らないよ。
—だけどあたしは暗くなる前に
 帰らないと行けないの。
—帰ればいいじゃん。
—だけど鳩がいるのよ。ここに。

—片付けに来いってこと?
—そう。

少し長い沈黙の後で弟は言った。

—じゃあ。待ってて。
—いやよ。暗くなっちゃうもの。

少し長い沈黙の後で弟は言った。

—ラインで位置情報教えて。

電話を切る。

私は弱竹の赫映姫(なよたけのかぐやひめ)。
月の世界から迎えが来てしまうの。
急いで帰らないと行けないの。
ごめんね。
鳩。
ごめんね。
弟。

玄関の扉を閉めた頃には
外はもう夜の帳が降りていた。
危ないところだった。

冷蔵庫から赤ワインを取り出す。
赤い色は好き。
だけど赤い鳩は怖い。
東ハトのオールレーズンは好き。
ふぁさっとした歯触り。

Amazon prime

相席食堂を観る。

大悟よりノブの方が嫌い。
大悟の顔色を伺ったり
伺わないふりをしている弱さに
悲しい気持ちになる。

お笑い番組だもの。
笑わせて欲しいの。
悲しくさせないで欲しいの。

そう言えば
千鳥も鳥なのね。
踏んだら
やわらかくて
あたたかな何かが
飛び散るのかしら。

そう言えば。
と思いだして。
スニーカーをお風呂場で洗う。
人には見せられない姿。
私は弱竹の赫映姫。
月に代わってお仕置きよ。

ピンポーン。

チャイムが鳴った。
誰かしら。

—はい。

弟が段ボール箱を持って立っている。

—ほら。
—何。
—鳩。

—どういうこと。
—明日になったら市役所に持ってって
—あたしは今夜月の世界に帰ってしまうの。
—君が何を言ってるのかわからない。
—村上春樹?
—どこがだよ。

弟は帰ってしまった。
鳩の箱を残して。

弟が言うには。
新聞紙で包んでビニール袋を二重に縛ってあるから。
ベランダにでも置いておけば大丈夫とのこと。

そうよね。
私が踏んだのよね。

ベランダに鳩を置く。

相席食堂の続きを観る。
月の世界からの迎えは来ない。
もう誰もいない世界。

鳩だけが私を見ている。




オールレーズンは美味しい


甘いお菓子と甘いワインが美味しい



いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集