VTuberが幻想でなくなったというより「並の人間が幻想で在り続ける」のが困難極まりない【そしてちょまの存在よ】
「昔のVTuberはちゃんと“キャラクター”が存在していた」
「今のVTuberはイラストの後ろで人間が喋っているだけの“ライバー”に堕ちた」
などと言う声を度々耳にしますね。
架空のキャラクターのままでは数字が取れないとか、結局視聴者は「生きた人間」を求めていたとか、色々と言われていますけど……私はちょっと違うかなと考えてます。
それは、単純に「24時間キャラクターのお芝居を続けるのは、中の人の負担があまりにも大きすぎる」からじゃないですかね。
ガチガチに現実離れした設定を固めたのに、数時間の配信動画+SNSの投稿でうっかり一言で幻想に綻びが生じるかもしれないリスク。
特に最近だと、ほんの少しの矛盾でも法廷バトルの如く異議をごり押してきますからね。それならガワと中の人の「差」を少なくした方が安全なんですよ。
だから、るんちょまことルンルンが「人間味を限りなく排除した、もふもふの猛獣」を完遂するのは、単なる「配信者」どころか「超一流のプロ執事」や「テーマパークのキャスト」に近いストイックさを有してるのですよ。
普通の人間が雑談に使える「自分語り」というカード、家族や学校とか事務所に所属する前の思い出話がことごとく使えないし、ルンルンは獣故に人権が無い設定なので、普通の社会人トークも封印されているんですよね。
彼(性別も不明)の雑談が濃厚な食レポに埋め尽くされるのも、言い換えると「人間よりネタが限られている」制約だからこそ生まれているんですよね。
食レポ以外はギャルへの限界オタクなんですが、それはマスコットのイメージ壊してないんかい。いいんだよケモノがガチャで金溶かしてるの面白いだろ。
そんなスーパーアイドルけもーの、つい先日『無期限活動休止』を宣言しました……ええ、マジですか…!?!??
