【小説】『🌌光を喰らう白の庭』第20話─白の庭に芽吹く兆し
白い天井が、ゆっくりと滲んでいく。
視界の端から、名前のない色彩が波のように押し寄せてきた。
呼吸をするたび、肺の奥にひどく冷たい感覚が広がる。
――それでも。
胸が軋むこの痛みも、ただ現実であり、確かに「帰ってきた」証だった。
壁に掛けられた時計の針が、微かに脈打つ。
さっきから何度も動き出そうとしては、また止まる。
時間が揺れている。
「……おかえり。」
声が降りてくる。
それはやはり、空気を震わせるものではなかった。
胸の奥、掌の内側、呼吸の隙間に染みるように触れてくる。
ぼやけた輪郭が、今度は少しだけ近づいていた。
顔はまだ滲んだままだ。
けれど、その佇まいと沈黙に、遠い過去の断片が脈打つように蘇る。
――あの日、名前を呼ぼうとして呼べなかった。
――もう一度だけ手を伸ばしたかった。
視界の奥で、何かがちらつく。
光のような、記憶の切れ端のような。
でも、まだ全部は見えない。
「……待っていてくれたのか。」
声に出すと、喉が掠れた。
白い輪郭は、ただ頷いた。
それだけで十分だった。
それ以上は、まだ言葉にできなくていいと思えた。
掌に宿る光が脈動する。
それに合わせて、壁の白が淡い色に染まっていく。
青にも緑にも似た、けれど何色とも言えない。
針が止まる。
時計が、もう一度動き出す。
何かが、この病室の時間を侵しはじめている。
「……これは……。」
観測者の声がした。
ひび割れた仮面の奥から、わずかに光が漏れる。
その声は、以前よりずっと人間に近い震えを帯びていた。
「共鳴……進行……中……。」
仮面に亀裂が走った。
硬質な響きの奥に、別の音が混ざる。
鼓動のような、何かが目覚めようとする気配。
「定義……不能。だが……。」
言葉がそこで途切れた。
代わりに、観測者はゆっくりと掌を差し出す。
掌のひら、ひびの間から、細い光が一筋伸びた。
それは、カインの掌に宿る光と共鳴して震えた。
「……一緒に……生む……。」
声がひどく掠れていた。
それでも、確かに意志を持っていた。
息を吸う。
苦しいほど冷たい現実の空気。
それでも、胸の奥に満ちる感覚は、もう恐怖だけではなかった。
――なぜ、生むのか。
その問いが、胸の内側でゆっくりと形を成す。
問いは、まだ答えを持たない。
でも、その問いに向き合うことが、きっと「再生」なのだと分かった。
「……わからないままでいい。でも……。」
言葉が喉を震え、途切れそうになった。
それでも、言わずにはいられなかった。
「一緒に……。」
名もない光が、強く脈動した。
時間が一瞬だけ止まり、次の瞬間に、壁の色がさらに濃くなった。
世界が変わり始める。
まだ名前も形もない何かが、この白の庭に芽吹こうとしていた。
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東雲ふわり🫧
