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″容姿を磨く″ことは自己満足には終わらないと思う話

みなさんは、なんのために外見を磨きますか?
自分が満足するため、好きな人に見せるため……いろいろとあると思います。

今回は、「見た目を整えることは自己完結にとどまらないのではないか」という観点で文章を書いてみます。

いきなりですが、私は容姿への投資が趣味です。
ある日、友人から「容姿を磨く努力をしていて魅力的だと思う」という言葉をいただきました。

それまで自分磨きが″魅力″だと思っていなかった私は、
「外見を整えることはなぜ魅力なのか」
「自分はなぜ、外見に関する努力をするのだろう?」
と考えるようになります。

もちろん自己満足でもあります。鏡に映る自分は、可愛い方がいいです。
それでも″外見に気を配るのはマナー″という考え方もありますし、私自身そう思っていました。

ということは、「外見を磨く努力は相手を不快にさせない(ときによい気持ちにさせる)ための気遣いなのかもしれない」と気が付いたのです。

もちろん、デートがあれば「相手に可愛く思ってもらえるような」見た目になるよう頑張ります。
これはわかりやすく、相手に喜んでもらうためです。

しかし、特別見せたい相手がいない場合もそれは他者への気遣いではないかと思うのです。
綺麗にしている人を見たら心が洗われるような気持ちになりませんか?
私は服のセンスがいい人、見た目を綺麗に手入れしている人が大好きです。「自分を大切にしているのだな」と憧れを覚えますし、ある種の芸術を鑑賞しているような気分になります。
同じような方は多いのではないでしょうか?少なくとも不快にはならないはずです。

こうやって、任意の人のための美容もそうでないものも、きっと「誰かのためになっている」のです。

いままで容姿へのこだわりが劣等感を裏付けるものではないか、と不安になることもありましたが、
このような考えをもってからは自分磨きを純粋に楽しめるようになりました。

今日も、可愛くいられるように頑張ります。

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