(18禁)太陽に焼かれて殺されたダニの香りの芳香剤を売れ 第63.5話 水になっていたい異常たちが
芝生の上には夕暮れの光がさらに溶け込んだ。シャツの裾が少しだけ乱れたまま、ふたりは互いの顔を避けながらも見つめ合っていた。
浅荷の手が腰にあてられ、わずかながら何らかの先に行くべき合図のように感じたので握りかえした。手を軽く、さりげなくではあるが……沈黙が全部を担っているけど、それでも何をしているかまざまざと思い知った。
「……じゃあ、」
俺の小さな声には緊張が混じっていた。浅荷は目を伏せたままゆっくりと息を出して、わずかに頷いた。ように見えた。なんといってもほとんど暗闇だ。日常生活において初めての行為を進めるべき照度ではない。日常?
手を進めようとして、ズボンのわずかな生地に指が引っかかった。
「ご……」と言いかけた(もちろん「ごめん」だ)とき、一瞬ふたりの目が合い、何とも言えないぎこちなさが混じった笑いが、芝生にこだました気がした。もちろん芝生なんかに音は反射しないで吸い込まれる。そう思わないと芝生が俺の一挙一動を監視しているように思えてしまうわけだ。
浅荷は「大丈夫」と小さく言って、その場でシャツの裾を上げ直した。
俺も自分のズボンを直して、その流れで浅荷にそっと手を添え直す。
ふたりの体温が、ぼんやりと共有され始めた。
音はほとんどない。ただ布と布と皮膚が擦れる微妙な音、
背中に落ちる汗の粒か、胸に触れる髪の毛の音。
彼女の呼吸は浅くなっている。
俺もそうだ。気づけば深く息を吸っていた。
「……じゃあ、そっちから」
浅荷の声はごく淡々としていた。でも無関心でも命令でもなかった。自分の意志を自分のまま差し出すような調子だった。俺はうなずき自分の上を脱いだ。
一瞬浅荷が驚いたように見えた。しまったと思った。別にそっちから上を脱げという意味ではなかった……
「……」
途中、腕が引っかかったりして無様にならないかと妙なところに神経がいっていた。無事に脱ぎ終わったとき、芝生の上に影が少しだけ濃く落ちた。
「ちょっと待って……また引っかかる」
浅荷が言った。腕を後ろに回して、ブラウスのボタンに指をかける。すこし不器用な動きだった。暗闇なので想像だけど……
「無理しないで、別に……」
「いや、自分でやる」
「わかった。じゃあ……見ない」
「見ないで」
「さ……さっきと同じ会話」
そんなことはどちらもわかってるのでもう笑わなかった。笑えないようなことを言うべきではなかった。
俺は目を逸らすつもりで空を見た。でも気配でなんとなくわかってしまう。服がほどかれていく。布が少しずつずれて、おそらく体のラインがあらわになっていく。視界に入らなくても、触覚や想像でわかってしまう。
「そ……そこまででいいから」
と言うべきだったかどうかもはや全くわからんのだが、なにか耐えきれなかった。
少しして、浅荷が芝の上に座った。ひざを立てて正面から俺を見ていた。指先が俺に向かってまっすぐ伸びてくる。その手をとった。掌が思っていたよりずっと落ち着いた温度を持っていた。
俺も同じように膝を折り、向かい合って腰を落とした。下の布越しに、浅荷の脚が軽く触れる。膝と膝がふれあうだけで体の芯にまで何かが伝わってくる。
浅荷の手が俺の衣服の布越しに指先を置いてきた。何をするでもない。ただそこに手がある。それだけで血の巡りが変わったような気がした。
暗闇でも彼女の目は伏せがちで、顔は近いのにどこも見ていないようだった。
俺は息を吸って、口に出しかけた言葉をやめた。音を壊したくなかった。音と言っても、今ここにあるのは衣擦れの気配と、芝生がわずかに軋む音くらいだ。
浅荷の指がゆっくりと動いて、俺のベルトにかかる。
指の動きは慎重で、まるで自分のじゃない物に触れているみたいだった。俺は手伝うべきか迷ったけど、逆にぎこちなくなりそうでやめた。見てないふりをしながら、目線の奥ではちゃんと覚えていこうとしている自分がいた。
ひとつベルトの穴を抜ける音がして、そこから手が止まった。
「……これ、ちょっと固いね」
浅荷がぽつりと言った。指がベルトに引っかかったまま、少し困った顔をしていた。
「俺がやります」
「うん……」
交代するように俺は自分の手でベルトを外した。金具が触れる微かな音が、空気にやたら大きく聞こえた気がした。
その間、浅荷は黙っていた。すこし背を丸めるようにして、自分の手でブラのストラップに指をかけた、のだと思う。止め具の部分がうまくつかめないのか、片手で引っ張りながら、反対の手で探っている。
「こっちも……ちょっと、まって」
「焦んなくても」
「わかってるけど……あー、ダメ、ひっかかる」
「いったん止めていいって」
「うん、止める」
ふたりしていったん全体を止めた。息を整えるように互いの顔を見た。どちらからともなく、ふっと小さな笑いが漏れた。
「じゃあ、もう一回」
「うん。今度はゆっくりで」
今度は少しだけ慎重に、お互いに手を動かした。下着の布が、少しずつずれていくときの指の感触。それを動かしているのが自分の手だという事実に、遅れてから気づく。目で見ないようにしている分、触覚の情報が鋭敏になっていた。
腰骨の角度と脚と脚の触れ方、布の張りとゆるみがすべてが止まった。
一瞬、何も聞こえなくなった。いや、聞こえているけど音が意味を持たなくなっていた。風が吹いて、葉が揺れているはずなのに、すべてが遠くなる。そしてすべてが近くに聞こえる。……。
静かに、ほんとうに静かにひとつになった。
背筋が緊張した。浅荷の息が喉の奥で止まる音がした。でも声にはならなかった。誰も言葉を持たなかった。
そしてほんの少しだけ、体が動く。
旋律のような行儀がいいものではなかった。でも別にマナーがなってないとは……自分のことだからいいづらいけどそこまでは言わなくていいんじゃないだろうか。相手に合わせてゆっくり始める探索のような、確認のような、気づかないうちに互いを記憶していくような動きだった。
視線は合わないままだった。でも、それが一番自然だった。
手はどこに置けばいいのかまだ分からない。膝は力を抜くとすこし震える。浅荷の髪が肩から滑り落ちるのを、そっと指ですくった。細い感触が手のひらに絡んだまま、また時間が進む。
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