太陽に焼かれて殺されたダニの香りの芳香剤を売れ 第56話 太陽の香りをかげ
「本当だ!!リソースってなんかすげえ偉そう」
言った瞬間、俺は半分笑いながら浅荷の方へ目をやった。彼女の横顔はうっすらと頬を膨らませていて、一瞬、俺の心にとんでもなく微細な波紋を描いた。
憎まれ口のようでどこか甘えるような言葉が、俺の中のなにかを柔らかく撫でていく。
「ね、でしょ。偉そうだよね、リソースって」
浅荷は砂の上にしゃがみ込み、目線で砂粒をなぞりながら言った。
目の動きは無意味なようでいて、まるで何かの文様を描こうとしているような、あるいは時間を止めようとしているような、そんな迷いのあるリズムだった。
「浅荷は偉そうじゃないよな」
ぽつりと、俺は呟いた。自分でも意図しないまま、口が勝手に音を紡いだ感覚だった。
「は?」
浅荷は顔を上げてこちらを見た。眉がわずかに上がっている。目元に笑みの予感が漂っていて、だけど油断するとそのまま無表情に引き戻されそうな、そんな危うい一瞬だった。
「偉そうじゃないっていうか、えらくないわけじゃないのに、そういう風に見せないようにしてる気がする。いや、してるんじゃなくて、そういう風に生きてるっていうか……」
言葉がまとまらない。喉元で絡まって、途切れ途切れに落ちていく。だけど、それでも構わず俺は続けた。
「自分がちゃんと考えてること、感じてることを、わざとこっちの視線に合わせて出してくれてる気がする」
浅荷はもう砂の上の模様をなぞるのをやめていた。静かに、俺を見ていた。風の音がする。潮の香りが鼻腔に入り込み、空の青が音もなく重たく背後に広がっていた。
「……それは褒めてんの?皮肉?」
「褒めてる。というか……感謝してる、かも」
「そう……」
浅荷はふっと息を漏らした。肩がわずかに上下して、風の中でその髪が揺れた。その髪の毛先が光をかすかに弾いて、俺の目には、それがまるで朝露をまとった蜘蛛の糸みたいに見えた。綺麗だ、と思った。
「でも、ありがと」
浅荷の声が少しだけ低かった。いつもの冗談まじりの調子ではない。どこか、芯がある声。言葉に重みを持たせようとする意思があった。俺はその声に応えようとして口を開いたが、何も出てこなかった。
沈黙が落ちた。
けれどそれは、重苦しい沈黙ではなかった。お互いが言葉の続きに焦っていない、まるでこの間が意味を持っているような、そんな静けさだった。
「……」
浅荷は突然、俺の方へ一歩だけ近づいた。至近距離というほどではない。けれど、物理的な距離が縮まったことよりも、それがまるで心の距離を少しだけ縮めたみたいに感じた。
「ねえ」
「ん?」
「このままあたしがあんたに近づいたら、どう思う?」
「え……」
「どうっていうか……たとえば、今、あたしがあんたのことを好きだって言ったら、あんたはどうする?」
静電気が空気を走ったような感覚が背筋を撫でた。目の前の浅荷は、どこか挑発的な視線を向けていた。笑っているような、笑っていないような。どちらともとれるようなその目が、俺の心臓の奥にぴたりと吸い付いた。
「……そりゃ、」
「そりゃ?」
「めっちゃ……うれしいと思う」
「そう」
浅荷はゆっくりとしゃがみ込んだ。膝を抱え、頬をそこに埋めるようにして俺を見上げる。
「でも、今のあたしのは仮定だからね」
「……うん」
「でも、あたしが言いたかったのはね、あんたってそういう風に人の距離の取り方をすごくちゃんと気にしてるから、たまにそれがもどかしいなって思うことがあるの」
「もどかしい?」
「そう。だって、さっきみたいに、あたしがちょっと冗談で“好きだって言ったら”って言っても、あんたってまじめに受け止めるじゃん。まじめに、丁寧に、ちゃんと向き合おうとする。……それって、あたしがいま、ちょっとだけ手を伸ばしても、届かない距離かもって思わせる」
俺は言葉を失った。浅荷の目が、じっと俺を見ていた。その視線の中に揺れるものは、いつもみたいな冗談ではなかった。
浅荷はそっと立ち上がり、俺の隣に腰を下ろした。肩が触れるか触れないかの距離。けれど、熱が伝わってくる。海風の中で、彼女の体温が確かにそこにあった。
「じゃあさ」
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