利き手
人間の約9割は右利きだ。左利きは約1割。
利き手を持つ動物は少なくないが、ここまでの偏りは動物界でも珍しい。
例えば犬は約55%が右利きだ。「お手」をさせると、最初に差し出す前足が右か左かで分かる。大型類人猿では、オランウータンは約6割が左利き、チンパンジーは約6割が右利き、ゴリラは約7割が右利きという報告がある。
しかし人間の約9割という偏りは際立っている。
この理由については様々な説が提唱されてきた。
例えば「防御説」。心臓の在り処を感じられる左半身を左腕で守りながら、右腕で槍や剣を扱う方が自然だからという考え方である。危険な狩りや戦いが続いた結果、右利きが増えたというわけだ。
「環境説」というのもある。石器など道具の過半数が右利き向けに作られ、それを使う方が効率的だったために、世代を重ねる中で割合が偏っていったという考え方だ。
近年、有力とされているのは「言語野発達説」である。右脳は左半身を、左脳は右半身を主にコントロールしている。そして言語を司る「ブローカ野」や「ウェルニッケ野」などの言語野(言語中枢)も左脳に位置する。人類の言語能力が発達し、普段からものごとを言語で考えるようになったことで左脳の働きが高度になり、それに伴って右手をより精密に使うようになったという考え方だ。
古い人類であるホモ・ハビリスやホモ・エレクトスなどの化石の歯に残る傷の方向や、左右の腕の骨の太さを調べると、すでに右利きが多数派だったことが示唆されている。これを、人類が初期の言語能力を獲得していた証拠だと考える研究者も少なくない。

もっとも、言語でものごとを考える人が全て右利きになるわけではない。利き手は、遺伝的要因と環境要因が組み合わさって決まると考えられている。利き手に関係する単一の遺伝子は見つかっていないが、遺伝の影響は確かに存在する。両親とも右利きの場合、子どもが左利きになる割合は約9%だが、両親とも左利きの場合は約26%まで上昇することが知られている。
なお、幼い子どもの利き手は初めから決まっているわけではない。両手をほぼ同じように使う時期を経て、大体3〜4歳頃までに利き手が固定される。
かつては左利きを右利きへ矯正することが珍しくなかった。特に箸や鉛筆は右手で持つよう厳しく指導され、多くの子どもが右利きへ矯正された。
しかし今では、無理な矯正は推奨されていない。脳の発達に余計なストレスを与え、言語障害や情緒面への影響を及ぼす可能性が指摘されているからだ。そのため、高齢世代ほど左利きの割合が低く、若い世代になるほど本来の左利きが増える傾向も見られる。
国による違いも興味深い。調査にもよるが、中国やインドネシアなど東アジア・東南アジアの一部では左利きの割合が低い。一方、オランダやニュージーランドでは15%前後と高めである。生物学だけでなく、文化や教育も統計に影響していると考えられる。
「左利き=天才型」という話もよく耳にする。
数万人規模のデータを統合したシステマティックレビュー(メタアナリシス)では、利き手による平均IQの差は認められていない。一方で、高IQ団体であるMENSAでは会員の約2割も左利きがいるという報告や、左利きでは極めて高い知能を示す人と知的障害のある人の割合が、ともに少しだけ高いという研究もある。つまり、平均には差がないものの、能力の分布の仕方がやや違う可能性は議論されている。
また、右利き用に設計された社会そのものが、左利きに独特の能力を与えている可能性を指摘する専門家もいる。はさみ、缶切り、改札機、机、楽器、スポーツ用品など、身の回りの多くは右利き用に作られている。そのため左利きの人は、日常生活の中で自然と右手も使う機会が多くなる。こうした経験が、左右両方の脳を柔軟に使う能力や、空間認識能力、問題解決能力の発達につながる場合もあるという。ただし、これも全ての左利きに当てはまるわけではなく、個人差は大きい。
利き手は単なる癖ではない。その背景には、脳の働き、遺伝、文化、教育、そして社会の歴史が複雑に絡み合っているのである。
