道頓堀橋の青年
土曜日の夕方、もっさりと難波から心斎橋に向かって御堂筋を歩いていた。
道頓堀橋に差し掛かると、道頓堀川沿いに見えるネオンの看板をバックに もっさりが自撮りを始めた。
大阪に住み始めて8年が経つというのに、もっさりは ああいう景色を見ると「うわぁ、大阪やなあ」といまだにはしゃいでいる。
そんな姿を見ると呆れる反面、いつまでもそう言う少年のような気持ちで感動できるのが羨ましい。
と、橋の上で1人の青年が叫んでいた。
「アメリカがイランを攻撃したって。」
「アメリカが戦争を始めたって」
「もうどうするの」
「もうどうなるんやろう」
男性は30代くらい。顔はずず黒く、髪の毛は背中の中ほどまで伸びて縄のように塊になっている。黒縁のセルフレームの眼鏡をかけてチェックのシャツを着ていた。
何日も あるいは何ヶ月も、お風呂に入っていないような風貌で誰に話しかけるでもなく、みんなに向かって大きな声で叫んでいた。
本当に どうしよう、どうしよう と焦っているような感じだった。
「友達になったら? 気が合うんちゃう? ヒッピーみたいなん好きやろ」
青年の前を通り過ぎると、もっさりが私の横で茶化したふうにそう言った。
私が 「どんなことがあっても戦争はよくない」「戦争反対」と言うもんだから、そんなことを言ってきたのだ。
もっさりの口の悪さには慣れたし、冗談のつもりで言っているのだとわかるので、真剣に腹を立てたりもしない。私ならいいだろうと、他の人には言わないようなことも言ってくる。
橋の上で叫ぶ青年の姿を見て多くの人は異様に思うだろう。私も正直 変な人がいるなと思った。
でも一瞬、嫌な気分にもなった。
変な人がいると思った自分の事を嫌な人間だなと思った。
「あの人に乗り換えようかな」
私は大方冗談で、でもほんの僅かもっさりへの当てつけでそう返した。
茶化してそんなことを言ってくるもっさりよりも、叫んでいる青年の方がよっぽど素直でいい気がした。
(そんな もっさりだが普段は私のことをちゃんと大切にしてくれている。私のために色んなことをしてくれるし、旅行にも連れて行ってくれる。口は悪いけれど とびきり優しい)
でも後になって「あの人に乗り換えようかな」なんて返しをしたことも、青年に対しては失礼だったかもしれない、と反省した。
もっさりが言うように、本当に私も青年と同じ気持ちだ。
もっさりに何を言われたって同じ気持ちなんだから仕方がない。
大勢の小学生がアメリカとイスラエルの爆撃により命を落とした。
アメリカにもイスラエルにも罪のない子供を殺していい権利なんてない。
皆、どこか他人事のように思いすぎてはいないだろうか。
日本にも米軍基地はある。ということを忘れてはいけない。
思っていても声に出せない私より、声に出して叫んでいる青年の方が何倍も立派なんじゃないだろうか。と考えてみたりもする。
今日も青年は、道頓堀橋で何かしら叫んでいるのだろうか。
