北九州〜由布院の旅④ 私はどこに来たのだろう。@湯布院温泉
COMICO ART MUSEUM YUFUIN を出て宿に着くと、立派な数奇屋門が出迎えてくれた。数寄屋門の屋根瓦の手前側(通常樋がある部分)には植物が植えられ、両サイドの門柱の奥には巨大な岩がどっしり腰を据えている。宿の「門コンテスト」があれば間違いなく優勝だ、と思うほど趣があっていい門。
門をくぐり小径を行くと、緑青で変色した真鍮の取手がついた、観音開きの木の扉が待っていた。
この時点で気分は最高潮を迎えた。
扉を開け中に入ると、左手に私の苦手な古い鎧が飾られていて、一気に意気消沈。
扉や建具は昭和レトロ建築の風情があったが、内装は改装などされているのかバブルの名残のような照明設備が使われていたりと、何かチグハグだった。
夕食は外で食べるつもりだったが出るのが億劫になり、宿で食べることに。そして貸切家族風呂が空いていると言うので予約する。
これは もしかすると昨年の和歌山旅行以来、もっさりと一緒に入るお風呂。
(もっさりは普段一緒にお風呂に入ることを頑なに拒否する)
「なあなあ、一緒にお風呂に入るってことやんな?」
私は嬉しさのあまり確認する。
「そう言うことや」
と、平静を装うもっさり。
家族風呂があることを知らなかった私は、予想外の展開に小躍り。
外国人の女性2人組がやってきた。フロントの従業員は流暢な英語で対応している。
フロントで浴衣を選び、渡された鍵を手に部屋へ向かう。半分外のような通路に鉄の扉が等間隔で並んでいる。田舎のモーテルのよう。
104と書かれたプラスチックのプレートが付いた重い扉を開けると、昭和のラブホテルのような内装だった。
一緒にお風呂に入って、このラブホテルのような部屋に帰ってくるのだな。
恒例のベッドへダイブする動画を撮り、各々荷物を整理する。と、机の上に正露丸が置かれていた。中には黒くて丸い粒。私は目を擦った。
正露丸と言えば、みんな白いセイロガン糖衣Aを買うものだと思っていた。
(セイロガン糖衣Aは正露丸ではなくセイロガン(カタカナ)らしい)
「正露丸って、糖衣錠買わへん?」
「トウイジョウってなんや?」
「糖衣っていうのはな、砂糖の衣って書くねん。お薬の外側が白くて甘いのでコーティングされてるの」
「そんなんあるんか?俺はこれしか買ったことない」
もっさりは生の正露丸を昨日から1日15粒も飲んで下痢を抑えていた。良薬口に苦しというが、私にはできない。ちょっと尊敬する。
貸切風呂は一棟に木のお風呂と石のお風呂があり、私たちは「ひのき」に入った。隣の石のお風呂からボソボソと話し声が聞こえてくる。
大きな声で話すと隣に聞こえそうだな、と思っているともっさりが大声で話かけてきた。小さな声で話すように言うと、もっと大きな声で話してくる。終いにはやしきたかじんや尾崎豊を熱唱し始めた。
のぼせやすい私は先に上がり、脱衣所で着替えていた。そこでもっさりの大熱唱が隣のお風呂どころか外までまる聞こえなことを知った。
お風呂から上がったことをフロントに伝えに行ってくれたもっさり。
「「けやき上がりました」って言ったら「ひのきですね」って言われたわ」
うん。どちらも木には違いない。
大熱唱するし、ひのきをけやきと言うし、妙な客だと思われていただろう。
夕食のレストランは従業員が全員アジア系の若者だった。
「イラシャイマセ」「オヘヤバンゴウハナンバンデスカ?」「ショウショオマチクダサイマセ」
日本語を覚え敬語を使い、セパレートの着物を着て接客をする姿に、「おもてなし」の心を日本人よりも持っているのではと思った。みんな異国の地で頑張って働いているんだなと、心の中で応援する。
そう言えば前回の旅行で泊まった宿も、レストランの従業員は老人と外国人だった。
人手不足の深刻さや、色んなことを考えさせられる。
夕食後 部屋へ戻るともっさりの下痢が発動。15錠飲んでも出る時は出る。
トイレから出てくると
「ああー、今日はいっぱいしてもらおうと思ってたのにー。くそー。下痢さえなければ」
と悔しそうである。下痢のせいで夜の営みは断念。
邪な気持ちを抱いているからバチが当たったのだ。
その夜はずっとトイレが正露丸臭かった。飲んだ正露丸が消化吸収されずにそのまま出ていると言うことではないか?果たして飲んでる意味があるのだろうか。
翌朝一番に露天風呂へ行くも先客がいた。入ると韓国語が飛び交っている。韓国人と思しき夫人の横に腰をかけ、朝の露天風呂はやっぱり最高だなと心の中で呟く。
湯の中の自分の皮膚が妙に白い。日光の下では白く見えがちだ。
湯に浸かりながら、漱石の「こころ」の一節で、私(主人公)が先生と一緒にいた西洋人のことを「優れて白い肌」と表現していたことを思い出した。
白い肌=優れている→今の時代では差別的な表現。
優れた白さ→白いの修飾語として、とっても白い と言う意味ならば問題ないのかもしれない。
漱石はどちらの意味で書いたのだろう。
そんなことを考えながら透き通った湯の中を見ていると、沢山の枯葉やゴミが自分の白い肌の上をゆらゆらと通過するのが見える。突然気分が萎え、湯から上がる。
露天風呂は景色を見ながら入るものだ。
脱衣所で着替えていると、また外国人がやってきた。
ずっと外国語が飛び交っていた。
朝食を食べに行く。「ヘヤバンゴウハナンバンデスカ?」と聞かれ、「104」ともっさりが答えると「ハチマルヨンデスカ?」と聞き返される。
「イチ マル ヨン!」と私が大きめの声で伝えると「言い方がきつすぎる」ともっさりに怒られた。
私は怒ってなんかいない。彼女が聞き取りやすいようにハキハキ言っただけなのに。と、シュンとなった。
湯布院温泉に来たはずなのに、私はもはやどこに来ているのか分からなくなっていた。
