ジンとザイン。そして私と珈琲の物語。
仕事帰り、マンションの集合ポストのダイヤルをいつものように回す。右2右2左8。
ちょっと行きすぎて回してしまうと、初めからやり直しになる。これがなかなか面倒なので、2回目の2と最後の8はちょっと慎重になる。
ポストを開けると中に郵便が入っていた。歩きながら封を切り、階段を登りながら取り出すと「なんのはなしです珈」があらわれた。
生まれて初めて買ったZINE。ツルツルの表紙に厚めの紙。なんだかこだわりを感じる。
昨年の11月末、私はこのZINEに載せる広告のデザインを考えていた。
本当はエッセイを載せたかった。が、私のエッセイは見事に落選。せめてZINEへの応援を込めて、広告だけでも載せようと思ったのだ(ならば負け惜しみで広告だけでも、と思ったわけではない)。
「ZINE(ジン)に載せる広告やねんけど、どう思う?」
もっさり(彼)に、広告案を見せた。
「ジン? ZINE(ザイン)ちゃうんか?」
ジンで合ってるはず。前にちゃんと調べたし。
でも、私は自信満々で押し切った時に限って間違えていたりする。
間違えると大抵もっさりに得意げな顔で「ごめんなさいは?」と言われる。その度にキーッ! とハンカチを咥えたくなる。
今回ははじめに謝っておくことにした。
「ZINE(ジン)と思ってた。ごめん。ザインか」
あっさり認めた私の言葉を聞き、しばし無言になるもっさり。
スマホで何やら調べている。と、
「ZINE(ジン)やったわ」
とボソっと呟いた。
「えっ!? あんだって?」と、志村けんのひとみばあちゃんみたいに言ってみたかった。が、そこは堪えた。
駄菓子菓子、意気揚々と私はこう言った。
「ZINE(ジン)で合ってたやろ。前に調べたもん!」
「前に調べたんやったら、なんで堂々とZINE(ジン)やって言わへんのや!」
と偉そうなもっさり。
結局、合ってても間違ってても、どちらにしろ私は偉そうに言い返される宿命なのだ。
そんなことはさておき、早速「なんのはなしです珈」のページをめくる。
すごい時代だねぇ。こうやって自分で本が作れるなんて。
と、ちびまる子ちゃん風につぶやく。
珈琲でこんな物語が生まれるのか。
なんだ、このドラマみたいな出会いは。
私は この本に載せられるような珈琲にまつわる素敵な物語を死んでも書けやしない。
だって珈琲が飲めないんだから。
飲めないのに、どうやって珈琲にまつわる素敵な物語を書けるというのだ。
世間の人はそんなに珈琲が好きなのか?
本当にみんな珈琲を心から美味しいと思って飲んでいるのか?
中には苦いのに無理して珈琲を好きなフリしてる人だっているんじゃないの?
私は珈琲を飲める人に完全に嫉妬している。
私にとっては飲めば 頭痛と下痢と嘔気がするだけの珈琲。
でも、珈琲を飲めないと非国民のようである。
私にとっては恐怖でしかない飲み物。それなのに皆んなは異国に思いを馳せ、ドラマみたいな恋をして、物語を紡いでいる。
珈琲が飲めない私は、人生においてとんでもない喪失をしているのだろうか。
私と珈琲の物語
毎週金曜日に100円のコーヒーを買う女。
かつて彼はアイスコーヒーしか飲まなかった。
食事の時も、真冬に寒くて凍えていてもアイスコーヒー以外は口にしない。
体内の60%を占める水分。そのうちの90%位はコーヒーでできている彼。いつか黒い汗が出るようになるのではないか、と思っていた。
唯一の例外は朝起きてすぐ 健康のため飲むにエキストラバージンオリーブオイルを垂らしたトマトジュース。
たった一杯のトマトジュースで1日中 飲んでいるコーヒーが帳消しになると思っているのだとしたら、かなりのポンコツだ。
冬にアイスコーヒーを飲むのはまだいい。彼自身が寒くなるだけだ。それよりも私は夏場に熱中症になりやしないかと冷や冷やしていた。
コーヒーには利尿作用がある。汗をかく夏場に、それしか飲まないのは危険だ。だから食事にはなるべく味噌汁やスープを出すように心がけていた。
週末にやって来るそんなポンコツ彼氏のために、毎週金曜日の夜、スーパーに寄ってコーヒーを買っていた。
1ℓの紙パックに入った無糖のコーヒー。
コーヒーの飲めない私はどのコーヒーが美味しいのかなんて分からない。高ければ美味しいのだろうと思い、タリーズやら丸福珈琲やらを買ってみたりしていた。
ある時 金曜日にコーヒーを買い忘れ、土曜日に彼とスーパーへ行った。どのコーヒーがいいかと尋ねると、彼は100円のコーヒーを選んだ。
スーパーでの買い物は私が支払いをするのできっと遠慮しているのだろう。
こっちの方が美味しそうなんじゃないか、と高いコーヒーを勧めるも、100円のコーヒーがいいと言って譲らない。
家でそのコーヒーを飲みながら、彼は
「このコーヒーが1番美味しいわー」
と言って本当に美味しそうに飲んでいる。
本当にそっちの方が美味しいのなら味音痴。
演技だとしたら名俳優。
それから私は毎週金曜日に100円のコーヒーを買う女になった。
レジの店員さんは私がこのコーヒーを飲むと思っているんだろうな。なんて考えていた。
「このコーヒーは私が飲むのではなくて、明日来る彼のコーヒーなんですよ」
と支払いの度に心の中で唱えていた。
漸く自分でもおかしいと気がついたのか、私がコーヒーの飲み過ぎを嗜めるのに辟易したのか、昨年の末から彼はコーヒーをやめ、私が愛飲しているルイボスティーに切り替えた。
今、私は毎週金曜日にルイボスティーを沸かし、アイスルイボスティーを作っている(冬でも冷たい飲み物しか飲まないのは変えられないらしい)。
彼は微糖の缶コーヒーを時々買って飲む程度になった。
この間 スーパーでチラッとコーヒー売り場を覗くと、かつて買っていた100円のコーヒーは128円になっていた。
今週末は缶ではない、美味しそうな微糖のアイスコーヒーを買っておいてあげようかと思う。
