北九州〜由布院の旅② パンツの枚数を数えられない男
午前8時 新大阪駅
新幹線のホームはひどく混雑し、自由席には乗車できない可能性があることを告げる駅員さんの声が響き渡っていた。デッキに立つ親子や年配の女性をが目に入り、指定席に座っているのが申し訳なく落ちつかない2時間を過ごす。この分だと旅行先も渋滞や混雑するのでは、と嫌な予感が頭をよぎる。
小倉駅で新幹線のドアが開き、銀河鉄道999のメロディーが聞こえると、今までの気分が嘘のように晴れた。階段を降りながら「小倉に来たんやなあ」と、ワクワクした気持ちが湧きあがってくる。
改札の向こうでスーツを着たもっさりが、下痢と体調不良に見舞われていたとは思えないほど、晴れやかな笑顔で手を振っている。
「おお、むくみ。待ってたで。小倉へようこそ」
いやいや、もっさりの街じゃないから。
新幹線口から外へ出るとベンチにメーテルと鉄郎、少し離れてキャプテンハーロックの銅像がある。あーでもないこーでもないと言いながら写真撮影で時間のロス。
(駅のコンコースには999の車掌さんのベンチがあったのに気が付かず)
月曜から出張で九州入りしていたもっさりは、金曜に私と合流し日曜の朝フェリーで大阪に帰るまで、7日間の荷物を普段使いのリュックひとつにまとめることに命をかけていた。
「リュックひとつでこの旅を乗り切るのがどう言うことか、女子供には分からへんのや」
と、意味不明な発言。
「女子供でなくても分からんやろ」と心の中でつっこむ。
荷物を減らすために私との旅行もスーツで過ごすらしい。
スーツで旅をすると言うもっさりを奇妙に思いながら、実のところ私はスーツ姿を楽しみにしていた。
もっさりの私服はいつも同じで、冬は紺のセーターにジーンズ。だからもっさりのことを私は「服だけスティーブ・ジョブズ」と呼んでいる。
不思議なもので、スティーブ・ジョブズと言えばかっこいい錯覚を起こせる。
そんなもっさりのスーツ姿を私はこれまでに2回 見たことがあり、不覚にもときめいた。そう私はスーツフェチなのだ。
なのに この日は全くときめかない。むしろ何にも感じない。
「どうしたんだ。あんたの好きなスーツだよ。」と、もう1人の私が囁く。
「あのさあ、スーツやのに全くときめかへんねんけど」
もっさりにそう言うと
「このスーツはあんまり良くないんや。元々ブカブカでサイズが合ってなかったし。調子に乗ってこんな刺繍入れてるし」
右胸をペラっと捲りながら、そう言ったもっさりのスーツの裏地には「漢もっさり参上」という文字が見えた。
参上ではなく、もはや惨状。刺繍のオーダーを聞いた店員さんはどんな気持ちだっただろう。
レンタカーを借りに行く道中、
「昨日はもうこの距離も無理やと思う位、足が重くてな。前に全然進まへんかったんや。」
「あのホテルに泊まったんやけど、ホテルに辿り着かへんかと思ったわ」
と、喋り続けるもっさり。それだけ喋れればもう心配はあるまい。
レンタカーは由布院を目指して走り出した。
助手席の私はiPadでラジオを聴いたり、Googleマップを開いたりと寛いでいた。が、Face IDがうまくいかず、毎回6桁の番号を入力するはめに。顔が浮腫んでいるわけでもないし、不可解すぎる。
と、ふと自分がサングラスをかけていた事に気がついた。
由布院に着くと調べておいたお店でランチ。メインの通りから離れていたので、混雑もなく、ゆっくりと食事ができた。
目当ての2軒の美術館を回り、宿に着くと私はもっさりにパンツとTシャツを渡した。
出発前に電話をした時のこと。パンツが足りず既に2日間同じパンツを履いていると言う。更にはTシャツも足りないと。
洗えばいいやん、とも思ったが もっさりのためにTシャツとパンツを持参した。
パンツ1枚、それほど場所をとるわけでもないのに、どれだけ荷物を少なくしたかったのだろう。
予約した貸切家族風呂に行く準備をしていると、
もっさりが「俺は着替えんとくわ」と言う。お風呂上がりにまた同じパンツを履くらしい。
「Tシャツとパンツ持ってきたからこれ着たらいいやん」
私がそう言うと
「これでも足りひんねん!」
と、逆ギレ気味のもっさり。
更にもう1枚足りなかったようだ。
パンツの枚数って、そんなに数えるのが難しいのだろうか。すでに2日連続で履いていて、1枚持って来たのにまだ1枚足りないと言うのだから、合計3枚足りなかったことになる。
私はパンツの数を数えられない男と付き合っている。
この先私は、このパンツの枚数を数えられない男と何回 旅行に行くだろう。
今後は毎回、パンツが何枚必要か伝えようと思う。
もっさりのスーツ姿にときめかなかった理由をずっと考えていた。そして気がついた。それはジャケットの下がワイシャツではなく、Tシャツとセーターだったからだ。
私はカッターシャツにネクタイをしめジャケットを着ている姿が好きなんだと思う。
