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欠けた茶碗を諦めきれず、金継ぎセットを買ってみた。

 先日のもっさり(彼)との旅行で2日目に門司港を訪れた。車を降りた途端、海の匂いよりもカレーの匂いが充満していて、名物焼きカレーの威力を見せつけられる。
 もっさりも私も 胆嚢が無いせいで、脂っこいものやカレーを食べるとお腹を壊す。だからカレーは家の近くで「今から帰るだけ」の状態の時にしか食べない。

 食べられないカレー臭が漂う中、関門橋をバックに記念撮影を済ますと、旧大阪商船へ向かった。オレンジ色のタイルと八角形の塔が特徴の名建築。1階には、カフェと わたせせいぞうギャラリー、そして門司港デザインハウスというクラフト雑貨のセレクトショップが入っていた。作家さんたちの1点もののアクセサリーや陶器が並んでいる。
 いつもはお土産に興味を示さないもっさりが、珍しくジーッと何かを見つめている。視線の先には、白地に鮮やかなブルーグリーンで うず巻模様が描かれたお茶碗があった。その左には、丸みを帯びた可愛らしいフォルムの粉引きの汲出し湯呑みが並んでいる。

門司に工房がある大洞工房さんの作品

「これ欲しいの?」
そう尋ねると
「このお茶碗良いな」
そう言って、もっさりは茶碗をずっと眺めていた。

 昨年から私は、お気に入りの食器をいくつも割っている。初めて買ったお揃いの茶碗も、プレゼントにもらったロイヤルコペンハーゲンの夫婦茶碗も。
 当時 家には茶碗が1つしかなかった。茶碗はどこにでも売っている。でも これ というものが見つかるまで待とうと思い、私はお茶碗の代わりににマグカップや湯呑みを使っていた。

 そんな折、行き先を変更して立ち寄った門司港で、もっさりがお茶碗を欲しがっている。

 ひとつは正確には湯呑みだけど、お茶碗にしても差し支えない。眺めていると、2つ並んだその姿が もっさりと私みたいな気さえしてきて来た。これぞ探し求めていたお茶碗に違いない。
 旅行のお礼も兼ねて、私はそのお茶碗をもっさりにプレゼントすることにした。


 旅行から帰った次の週末、炊きたてのご飯を新しい茶碗によそって食べる。お茶碗を見て旅行のことを思い出し、楽しい気分になる。

初めて茶碗を使った日


 次の週の土曜日、夕食を終えもっさりのうず巻茶碗を洗っていると、手が滑りシンクの中に落としてしまった。
 茶碗の縁が、欠けた。まだ3回しか使っていないのに。

無念

 私は駄々っ子のように、お茶碗が欠けたことを嘆いた。すると
「もう2度と茶碗の話はするな!」
もっさりは怖いお父さんみたいにそう言った。

「なおしたら使えるかも」
諦めきれずにそう言うと
「もしなおしても、俺はその茶碗は絶対使わへんからな!」
ピシャリとそう言われた。
 私に「なおすな」と念をおしているのだろう。

 4,950円の茶碗が3回使っただけで欠けたから嘆いているのではない。

「なあ、このお茶碗 どこで買ったか覚えてる?」 
「あの時、もっさりはお腹を壊して正露丸を1日15粒も飲みながら旅行したよな」
「パンツの枚数 数え間違えて3枚も足りひんかったなあ」
「フェリーで食べたカップラーメン、意外と美味しかったな」

 何年も経ってから、あのお茶碗でご飯を食べながら、こんな会話をすることを想像していた。だから諦めきれない。

 もっさりに お茶碗について箝口令を敷かれたが、捨てることはできなかった。でも置いていたからといって使えるようになる訳ではない。かと言って修繕に出すと何万円もかかる。

 そんな時、金継ぎセットなるものが売っていることを知った。自宅で説明書を見ながら金継ぎができるらしい。価格は1万円。
 これまでに何枚ものをお皿やお茶碗を割ってきた。金継ぎセットがあれば、他の食器が割れても修復できる。
 茶碗の倍もする金額に何日か迷ったが、結局 購入した。

 セットの中に入っている冊子を広げ、ザッと目を通す。完成まで「1〜3ヶ月」と書かれている。セットさえあればすぐに修理できると思っていた浅はかな私は、この時点で心が折れそうになった。

 茶碗を綺麗に洗い、しっかり乾いたら欠けた部分をヤスリで軽く磨き、エタノールで拭き取る。
 次に漆風呂と呼ばれる、作業中の茶碗を休ませる箱を作る。箱は段ボールでもいいらしい。漆風呂には湿し風呂と空風呂の2種類があり、最初に使うのは湿し風呂。
 31サーティワンのバラエティボックスの箱がちょうど残っていた。ここにラップを敷き、濡れたタオルを敷いて湿し風呂を作成。

 ここからいよいよ作業が始まる。

【漆固め】
 断面に生漆を塗り、はみ出た生漆をエタノールをつけた綿棒かティッシュで拭き取る。湿し風呂で1日以上乾かす。
 完全に乾いたら紙やすりで軽く研ぐ。

 生漆の色が薄くて、塗れているのかいないのか、はみ出しているのかいないのか、分からなかった。

【接合】
 麦漆の作成。まずは小麦粉と水を定盤と呼ばれるタイルのような台の上で、つきたての餅のようになるまで錬る。つきたての餅の具合がよくわからない。それに生漆を混ぜ、噛んで柔らかくなったガムのようになるまで錬る。何年もガムを食べていないので、噛んで柔らかくなったガムの具合も分からない。
 柔らかくなったガムかどうかも分からない漆を、割れた断面に薄く塗り、15分〜30分乾かしてから くっ付け、マスキングテープでズレないように止める。そして2〜3週間、空風呂(濡れたタオルを敷かないただの箱)で乾燥させる。


 2〜3週間したら、欠けた部分を埋めるためにご飯粒を潰して練ったものに生漆や木屑やなんかを混ぜたもので、隙間を埋めていくらしい。そしてまだ、その先の工程もある。

 もっさりがこの事を知ったら怒るかもしれないな、と思いながら31サーティワンバラエティボックスの箱の中で、私はうずまき茶碗の漆が乾燥するのを待っている。

 きっと1ヶ月半後には、金継ぎされたうずまき茶碗と粉引き湯呑みを仲良く並べて、炊き立てご飯を食べているはずだ。


 あれほど欲しがっていた茶碗だ。欠けてしまって、私より もっさりの方が悲しかっただろう。それなのにもっさりは私の事を責めもせず、「茶碗の話はするな」とだけ言った。
 言われた時は 冷たい、と思ったけれど、あれは私への優しさだったのだ。と、後から気がついた。

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