愛媛ひとり旅〜お洒落して 少ない荷物で 旅したい〜
3月の半ば、職場の都合で平日と祝日を合わせた連休が発生した。普段 週休1日の私にとっては貴重な連休。
ひとり旅をしてみよう。
そう思い立って旅に出た。
20代後半、林芙美子の放浪記に感化され宿泊先も決めずにふらっと尾道へ行った。千光寺へお参りし、サイフォンで珈琲を入れる純喫茶で飲めもしない珈琲が出来上がる様子をぼんやりと眺め1人悦にいっていた。
夕方になり宿泊先を探すも、どの宿も予約なしでの女性1人は泊められないと断られた。
ようやく見つかったのは向島にある古い民宿だった。尾道から最終の船で島へ渡り、案内されたのはトイレとお風呂は共同、塗り壁の6畳間に煎餅布団が敷いてあるだけの部屋だった。
薄い壁の向こうには、無精髭を生やした中年のおじさんが宿泊している。どうやら釣り人が素泊まりに使う宿のようだった。
何もすることのない私は、眠くなるまでフロントで恰幅のいい宿の女将さんと話していた。
あの女将さんは元気にしているのだろうか。
それ以来、ひとり旅はしていない。
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出発当日、仕事が終わったその足で大きなリュックを背負い、暴風雨の中を大阪港フェリーターミナルへと向かう。
乗船手続きをしていると、私の隣でひとりの女性もまた乗船手続きをしていた。
「36,000円です」
横からそんな声が聞こえてきた。
私は9,500円の部屋。隣の女性は36,000円の部屋(1番高い部屋でも18,000だったので往復の料金だったのだろう)。
フェリーまでの連絡通路を慣れた足取りでスタスタと進む女性。栗色の整ったショートボブに、襟と袖に白いレースがついたベージュのワンピース。その上にレトロなオレンジ色のコートを羽織り、ラメのタイツにストラップ付きのフラットシューズを履いていた。
荷物は黒のショルダーバッグと小振りの花柄ボストンバックだけ。
「ご令嬢」という呼び方がピッタリな佇まい。
一方 私はネイビーのスウェット生地のトップスにグレーのワイドパンツと黒のスニーカー。オーバーサイズのショート丈のダウンに大きなリュックを背負い、動きやすさ重視の装備。
少ない荷物にお気に入りのワンピースでおしゃれをし、フェリーに乗り込む旅慣れしたご令嬢に私は目を奪われていた。
乗船後、部屋に荷物を置き少し寛いでから食堂に向かった。注文の列に並んでいると、人気の宇和島鯛めしは私の3人前で売り切れてしまった。
仕方がないのであさりの卵とじ丼を注文し空席を探していると、窓際のカウンター席であのご令嬢が、売り切れた宇和島鯛めしとお刺身らしき数品を肴に晩酌中であった。さすが旅の上級者。抜かりない。
ご令嬢の2つ隣の席が空いたのでそこへ腰を下ろした。
冷えた体にあさりの卵とじ丼とお味噌汁が沁みる。宇和島鯛めしなんて食べていたら、体が冷えて大変なことになっていた。わたしが食べるべきはあさりの卵とじ丼だったのだ、と言い聞かせながら頬張る。
丼を食べながら、ご令嬢を横目でチラチラと盗み見る。
「ひとり旅ですか?」
「愛媛へは何度も行かれているのですか?」
「どこかおすすめのスポットはありますか?」
話しかける勇気は無いので、心の中で話しかけていた。
下戸の私は、こんな時 お酒が飲めたらな とご令嬢を恨めしそうに見つめながら食堂を後にした。
散歩がてら船内を探検し、出航時間が近づいたのでデッキへと向かう。風が強く寒かったが雨は止んでいた。
フェリーが港から離れる瞬間を私は寒空の下で眺めていた。いよいよひとり旅が始まる。私の気分は高揚していた。
中年の男性2人組が「寒いな」と言いながら強風に煽られ写真を撮りあっていた。私はその2人組に「寒いですね」と声をかけたが「はっ?」と言うような顔をされた。
「寒いですよね」と返事が来たら「お撮りしましょうか」と、2人並んだ写真を撮ってあげようと思っていたのに。
登山や旅の時には、知らない人同士でも気軽に挨拶をするものだと思っていたが、違うのか。初めてのフェリー旅にワクワクし過ぎて、私がおかしいのかもしれない、と少し恥ずかしくなった。
冷えた体を温めるため大浴場へと向かった。強風注意報が出ているせいか、体を洗っている間も船が揺れるので重心が前にかかったり後ろにかかったり。かと思えば左にかかったり右にかかったりと落ち着かない。
明日の朝まで揺れ続ける船内。私は酔わずにやり過ごすことができるのだろうか。
ベッドに横になるとブブブブブブブとフェリーの小刻みな振動が全身に伝わる。これは寝れないかもしれない。そう思って、いつものようにラジオを聴きながら眠ろうとして気がついた。
電波が入らない。
スマホに録音していた番組が有ったことを思い出し、それを聴きながら横になった。
と、10分もしないうちに眠りに落ちていた。
翌朝5:00 自然と目が覚める。フェリーは6:00に東予港に着き7:00までは船内で過ごすことができる。寝ると寝過ごしてしまいそうなのでそのまま起きた。
デッキへ向かうと空気がとてつもなく気持ちいい。日常から解放された早朝の空気はこんなにも美味しいのか。

東予港からバスで壬生川駅へ行き、特急いしづちで松山へ向かう。坂の上の雲ミュージアムと萬翠荘を見学し、道後温泉へ着いたのが正午前だった。坊ちゃんからくり時計が動き終えたのを見届け伊佐爾波神社へ向かった。
下から眺める石段は圧巻。

登るのは結構きつい
登り始めて間も無く小学生の兄弟に追い抜かされ、半分過ぎたところで息切れし、登り切ると足がパンパンになっていた。

お詣りを終え、予め目星をつけておいた鯛めし屋さんへと向かった。誰も並んでいない。なんて幸運! と思ったのは束の間。定休日だった。
当てもなく道後温泉商店街を彷徨う。
すると、見覚えのある栗色のショートボブにオレンジのコートが目に飛び込んできた。
あれはフェリーのご令嬢では!
私の心臓は鼓動を強く打ち始め、推しのアイドルに会った時のような反応をしている。商店街を撮っているふりをしながら、私はご令嬢の写真を盗み撮りしていた。

ご令嬢はお土産の袋をいくつか持っていた。
「お土産は何を買われたのですか?」
「温泉には入られたのですか?」
私はまた、心の中で話しかけていた。
そのままご令嬢を追いかけようと思ったが、見失ってしまった。
お腹が空いていた事を思い出し、あまり行列のできていないお店で鯛めしを食べた。
いつの日か私も
お洒落して
少ない荷物で
旅したい
