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Relish食堂 すてきな女むてきな女17

2月11日 建国記念日
なっちゃんと大山崎駅で待ち合わせ、小雨の中を傘をささずにRelish食堂へと向かう。

「こんなところよく見つけたね。全然気が付かへんかった」
食堂の前に着くとなっちゃんは驚いてそう言った。

Relish食堂は、料理教室と暮らしの雑貨店 Relish が運営する食堂で、昨年の秋に移転してここにやってきたらしい。
西国街道沿いに野菜などを販売する店舗があり、そこを通り過ぎて路地に入ると食堂の入り口がある。

私はこの場所がずっと気になっていた。
ここは昔「パコム」と言うパンやお菓子を売る小さな商店で、小柄で控えめで優しそうなおばあさんが1人で店番をしていた。誰もいない時は「すみませーん」と大きな声で呼ぶと、しばらくして奥の自宅からおばあさんがやって来る。
子供の頃、私はしょっちゅうかかりつけの三宅医院を受診していた。その帰り道、母はいつも少し遠回りをして、ここでプリンやゼリーを買ってくれた。
三宅さんに行くとパコムでお菓子を買ってもらえる。それがいつも楽しみだった。

しかし私が中学か高校の頃にパコムは閉店し、やがて三宅先生も亡くなってしまった。そしてパコムの跡地は三十年以上、グレーのシャッターが下りたままになっていた。

昨年末に帰省した際、グレーのシャッターは白くお色直しされ、可愛らしい食堂の看板が掲げられていた。
それがRelish食堂だった。

普段 私が何気なく通っているシャッターが閉まったままの建物も、誰かにとってはかけがえのない思い出が詰まった場所かもしれない。
食堂に入りながらそんなことを考えていた。

食堂の入り口

靴を脱ぎ、昔ながらの高い段差の玄関を上る。昔の日本家屋は上り框の段差が高い。座って靴を履くのにはちょうどいいけど、直接上り下りするには少し高い。
昔の建物はちょっとした不便が愛おしかったりするけれど、お年寄りやハンデキャップのある人には優しくないな。とも思う。

三角巾とエプロンをまとったスタッフさんが中へと案内してくれた。
扉は取り払われて、和室と洋室と縁側が一体になった広々とした空間。

窓から庭をのぞむ
古い棚も味がある

黒板になっている壁にはチョークで月替わり定食のレシピが文字とイラストで描かれている。

床間には私となっちゃんが生まれた年の暮しの手帖が飾られていた。 

暮らしの手帳
表紙の絵が素敵

「ふるカフェに出てきそうなお店やなあ」
「分かるー」
そんな会話をしながらキョロキョロと食堂の中を舐めるように見回していた。
ここでおばあさんはどんな暮らしをしていたのだろう。と、ふと頭をよぎる。

バレンタインが近かったのでなっちゃんにチョコレートを用意していた。そうしたら、なっちゃんも私と母にチョコレートを持って来てくれていた。
が、翌日も仕事なので私は実家に寄らずになっちゃんとのデートが終わればそのまま自宅に帰る。
母のためになっちゃんが買って来てくれたいちじくのチョコレートサンドを母に渡せなかった。
自宅に帰って見てみると日持ちがするものだった。3月に祖父の法事で実家に帰るので、その時に持ち帰って両親と食べよう。

食事をしながら土日は家事をしたくないよねと言う話になり、
「木曜日に部屋の掃除して、金曜日はトイレ掃除って決めてる」
と私が言うと
「私も!金曜日の夜中にトイレ掃除してる」
となっちゃん。
私たちはこんなところも似ているのか、とちょっと面白かった。

私もなっちゃんも仕事が終わって家に帰ると19:30頃になる。平日の夜ご飯はどうしているか談義で盛り上がる。
白菜は冷凍できるから切って冷凍しておくとか、にんじんは千切りにして冷蔵庫に入れておくと便利だとか。短時間で晩御飯を作れるように工夫しておくことは大事なミッションだ。

奥 なっちゃんの月替わり定食
チーズインハンバーグ
手前 私 魚のフライ定食
この日は鮭

メインのお料理も美味しかったけれど、お味噌汁と副菜の白菜のピリ辛炒めが美味しかった。こう言う気取らないおかずの方が美味しいと感じると、私も大人になったなと思う。
(いや、ただおばさんになっただけなんだけど、こういう瞬間に歳をとるのも悪くないな、なんて思う)

甘いものも食べたいところだけれど、この後 なっちゃんと私は大山崎山荘美術館へ向かう。美術館の喫茶室でケーキを食べたいので、ここでは我慢。

小雨が降って足元が悪かったので大山崎山荘へはバスで行く事にした。玄関で靴を履き、時計を見るとバスの出発まで2分も無い。
バスが出る山崎駅まで私となっちゃんは濡れた坂道を猛ダッシュで走った。

息を切らしながら駅に着くと、ニコニコとした白髪のおじいさんが送迎バスの横に立っていた。
挨拶をしてバスに乗り込むと、おじいさんは慣れた手つきでバスに乗るための足台をしまい、大山崎山荘へ向かう狭い斜面の坂道を滑らかに運転してくれた。

Relish食堂↓


後日、母になっちゃんと会ったこと、パコムの後に食堂ができたので今度一緒に食べに行こう、とLINEを送った。
もう食堂へは食べに行った、そしてあそこはパコムではない、パコムは食堂の2〜3軒隣だった、と返信があった。

私は自分の中で勝手に記憶を作り出していたことが恐ろしくなった。
もはや、自分が正しいと思っているこれまでの全ての記憶は想像の産物だったのかもしれない。
もう、自分を信じてはいけない。と、思った。

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