キッチンからの手紙 #1𓌉𓇋 21時34分のラード
拝啓
すっかり秋が深まり朝晩は冷え込むようになりました。朝、窓を開けては気温を確かめ、どの上着を着ていこうかと思案する毎日です。
先月の末のことです。
その日は17:30から胃カメラを受けることになっていました。
15:00までは飲むヨーグルトやカフェオレなどを飲んでもいいと言われていたので、午前中で仕事を終えると、私はいつものスーパーへ寄りました。
今日は肉の日 塊肉がお買い得
そう書かれた派手なポスターが店内の至る所に貼られていました。
今日は胃カメラが終わるまでは何も食べることができません。そのうえ 胃カメラが終わっても消化のいいものしか食べられないのです。
しかしポスターを見ているうちに、今日 塊肉を買わなければ後悔するのではないか、という気分になってきました。私はまんまとスーパーの戦略にハマったのです。
17:30までは時間がある。そう思うと同時に、私は豚バラブロック1Kg分を買い物カゴに入れていました。
家に着くや否や私はお米を研ぎ、研ぎ汁をうちにある1番大きな鍋に注ぎました。そして先ほど買った豚バラブロックを出刃包丁で3〜4cmにカットして、研ぎ汁の入った鍋に沈めました。あとはコンロのスイッチを押し、強火で沸騰するまで待ちます。沸騰したら弱火で30分煮て、火を止め30分蒸らします。その後も、初めと同じように30分煮て30分蒸らすを、あと2回繰り返します。
病院に行く時間になり、私は豚バラ肉を蒸らした状態で、コンロの上に放置して家を出ました。
病院について看護師さんに名前を呼ばれると、流れ作業のように検査室に案内され、20分ほどで胃カメラは終わりました。麻酔のせいか心持ちフラフラしながら帰宅すると、豚バラ肉はすっかり柔らかくなっていました。
ふと、豚バラ肉の脂でラードが作れる事を思い出しました。茹で汁の上澄みの透明な部分を、お玉でそおっと掬いボールに移します。これを何度か繰り返し、脂が入ったボールをしばらく冷蔵庫で寝かせると、脂の部分だけが白く固まり、下の方に脂と一緒に入ってしまった茹で汁の水分が分離して残ります。
上の白い塊だけを取り出し、お鍋で熱すると脂に混じっていた水分がパチパチと弾けて蒸発し、純粋なラードだけが残ります。水分が残っていると傷みやすくなるのでパチパチと音がしなくなるまで、私はボォッとその半透明の液体を眺めていました。
そして隣のコンロで瓶の煮沸消毒を始めました。
脂から音がしなくなったのでコンロの火を止めます。少し冷めてから煮沸消毒した瓶に移すと自家製ラードの完成です。
瓶に入った液体はキッチンのライトに反射して、キラキラと黄金に輝き、脂とは思えないほど綺麗でした。キッチンの時計を見ると21:34と表示されています。21:34に完成したラード。
これで青梗菜を炒めたら美味しいだろうな。炒飯もコクがあって、いつもより美味しいに決まっている。早くこのラードを使って料理をしたい。そんな事を考えながら、いつまでもいつまでも その黄金の液体を眺めていたい気分でした。
黄金のラードを作り上げた私は、もうそれだけで満足し、下茹でした豚バラ肉のことはどうでも良くなってしまいました。豚バラで何かをつくのではなく、ラードを作るために豚バラを茹でたのだと思いたいくらいでした。
これをしたいと思って始めたことなのに、その途中で何か違うことに出くわすと、最初の目的がどうでもよくなることってありませんか? 欲しいと思った商品を買ったら、自分のものになったことに満足して興味がなくなるのと似ているのかもしれません。
その後の豚バラ肉の行方ですが、無事に豚の角煮になりました。
一切れずつ鍋から取り出し、崩れないように水洗いをしてざるに一旦置き、キッチンペーパーで水気を拭き取ります。随分 柔らかくなっているので、強く触ると崩れてしまいます。そおっと、フグの白子を持つような感覚で丁寧に扱わなければなりません。
全ての豚バラ肉の水分を拭き取ると、お水に薄く切った生姜、お酒、みりん、お砂糖、お醤油を入れ、落とし蓋をして30分ほど煮込みます。その間にゆで卵を作ります。お湯が沸騰してから卵を入れ、10分ほど茹でます。ゆで卵は最後の2〜3分というところで豚バラ肉を煮込んでいるお鍋に入れます。
煮物は冷めていく時に味が染み込むので、一旦冷まします。
食べる前に再び温めて完成です。
思ったより優しい味になってしまいましたが、お肉が大好きなあの人は、きっと喜んでくれると思います。
では、風邪などひかれませんように暖かくしてお過ごしください。
追伸
冷蔵庫に入れたラードは出来たてのキラキラした黄金色ではなく、真っ白になっています。それはココナッツミルクのような少し青い白で、冷蔵庫を開けるたび、私はその姿を見るといい気分になります。
かしこ
