おりんの夜(六)
ー笹紅のおけいー
つん…
つん…
大川の向こうに
三味線の音がする。
夜風にのった
その音が
屋台まで
すうっと届く。
おりんは
ちょこを置き、
ふっと笑う。
つん。
三味にのって、
小唄が
流れた。
惚れてねぇなら
顔など見るな
見りゃあ見るほど
情が出る
やがて、
編笠の女が見えた。
三味を抱え、
すっと立っている。
屋台の行灯が
その姿を
やわらかく照らした。
おりんは
しばらく眺めていたが、
やがて笑った。
「……おけい姐さんじゃねぇか」
この編笠の女を
知らぬ者は、
この本所には
まずいない。
三味線ひとつで
小唄を流し
三味弾く
その指先は、
あざやかな
爪紅。
灯りに浮かぶ
その紅が、
ひときわ
女を引き立てる。
人呼んで、
笹紅のおけい。

気風のよさと、
とびきりの
美形で、
ちょいと
名の通った女である。
おけいは
三味線を肩から外し、
屋台の腰掛けに
ちょいと腰を下ろした。
蕎麦屋のじいさんが
黙って酒を出す。
おけいは
くいっと一口やり、
おりんを横目で見た。
「おりん。
伊三さんに
惚れちまったのかい」
おりんは
ぷいと顔をそむける。
「や、やぼ言うんじゃねぇよ
姐さん」
おけいは
くくっと笑った。
本所深川の夜は、
まだこれからである。

