見出し画像

引き継ぎに「7人」を要した男の、あまりに無様な敗北。

(※注:本稿は、某ドラマの特命係の警部殿のような、少々理屈っぽくエレガントな視点で自らを解剖しております)

「あなたがいれば、この現場は安心だ」 かつて私は、その言葉を額面通りに受け取り、自らの『有能さ』の証明だと信じて疑わない時期がありました。

医療や福祉の現場で、数字を立て直し、混沌とした組織に秩序をもたらす。ある夜などは、すべての「穴」を自分一人の肉体で埋め尽くし、命を削るようにして帰宅した私は、玄関先で力尽き、そのまま朝を迎えました。

ですが……。 「それは、本当に経営と呼べるものだったのでしょうか?」

私が組織を去った後、奇妙なことが起きました。 現場に残された人々から、私は『座敷わらし』と揶揄されるようになったというのです。私が居る間だけ奇跡的に平穏が保たれ、去った瞬間に福が逃げ、組織が赤字へと転落していく。

その「災い」を招いた真犯人は、誰あろう私自身でした。 私が「仕組み」ではなく「自分自身」に組織を依存させていた証拠は、引き継ぎの現場に如実に現れました。

私一人が担っていた業務を分担するために、なんと7名もの人員が投入されたのです。7人の小人たちに囲まれる白雪姫にでもなった気分でしたが、笑い事ではありません。 また別の職場では、後任が1人だったものの、通常10日もあれば済むはずの引き継ぎに、2ヶ月もの歳月を要しました。

「1人の穴を埋めるのに、7人の人間が要る。あるいは1人の人間に伝えるのに、2ヶ月かかる」

これは私の勲章などではありません。 本来「OS(仕組み)」で解決すべき課題を、私個人の「馬力」という名のブラックボックスに依存させていた……経営者としての、致命的な**『設計ミス』**の記録です。

私が「座敷わらし」として現場の穴を埋め続けてしまったことで、組織が自ら呼吸し、自走する力を奪っていたのです。

……さて。 なぜ私はこれほどまでに自分を「消去」できなかったのか。 なぜ、あんなにも熱心に指導していたはずの部下たちが、誰一人として育っていなかったのか。

次回、私が直面した「カリスマの絶望」について、ひとつお話ししましょう。


📌 Fusion Partners
医療・福祉現場の組織設計を、仕組みで支援します。
初回相談はお気軽にご連絡ください。

代表 柴山靖章
✉️ fusion.partners.office@gmail.com
📝 note.com/fusion_os
💼 linkedin.com/in/yasuaki-shibayama

いいなと思ったら応援しよう!