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【のほほんnote】12月5日 鬱の本

僕が1人でやっている移動式本屋「古本興業」で
最も多くのお客様に手に取っていただいている
点滅社さん刊行の「鬱の本」

ページをめくらなくても、見開き2ページで1つのタイトルが完結するので、どこから読んでもどの頁を開いても、84名の著名な物書きの方の「鬱」に関するエッセイが読めるつくりになっていて、たとえ本が読めないほどの精神状態にあっても、安心材料として手元に置いておきたくなる一冊。
実際、僕も「鬱の本」を読んでいる間は辛い現実を忘れられた。
今もお守りのように枕元に置いている。

この本を刊行された点滅社の屋良さんから直接
本を仕入れさせていただいたのはこの日↓
※僕の敬愛する甲本ヒロトさんの誕生日の翌々日

この日は、今お世話になっている水道橋博士と初めてお会いした日でもある。

※もう何年も前のことのように感じるが、
まだ1年も経っていないのか。

歌人の枡野浩一さんや小説家の海猫沢めろんさんなど、僕がお世話になっている方々が数多く寄稿されていて「鬱の本」を巡っての出会いや物語がたくさんある。

阿佐ヶ谷の喫茶店で「鬱の本」を直接受け取り、この本ができるまでの経緯や屋良さんの人生を
お聞きする中で出てきた名前が大槻ケンヂさん。

僕にとってのブルーハーツは、屋良さんにとっての筋肉少女帯だったそう。
「筋肉少女帯のおかげで今があるんです!」と
熱弁されていた。
屋良さんが鬱の本の原稿の執筆を大槻ケンヂさんに依頼する話は、それだけで一冊の本になってしまいそうなほど美しかった。

それからも、屋良さんとは点滅社さんから新刊が出るたびに、古本興業で鬱の本が品切れになるたびに直接お会いして本を受け取りつつ互いの近況をお話しする。

その際、屋良さんはいつも「若林さん、SNSで見てますけど忙しそうで心配です。大丈夫ですか?無理しないでくださいね」とやさしい言葉をかけてくださる。
大丈夫じゃなさそうなのは屋良さんの方なのに。

僕も精神科に通っていた時期や、わけもなく涙が出たり布団から一歩も出れないような日はあるが、「鬱病」と診断されたことはまだない。

枡野書店をお借りして古本興業を営業していた最終日、たくさんのお客さんに足を運んでいただいたのだけれど、そのうち鬱病と診断されたという方が計6人いらっしゃった。

「一度お会いしたかったんですが中々外に出られず、今日は最終日ということで足を運べて、お話できて本当によかったです」

「3ヶ月前に鬱病と診断され休職し、一日中スマホを見続ける生活を送っていたのですが、SNSで古本興業さんの存在を知り足を運びました」
など、僕の活動が誰かにとってたとえほんの一瞬でも外へ出るための、生きるための動機になったことはとても嬉しかった、それは僕が「鬱の本」を読んで感じた気持ちとよく似ていたから。

僕も出演させていただく、12月8日に高円寺の
ライブハウス「パンディット」で行われる
    水道橋博士の座•対談シリーズ
「本のことしか語らないで」ゲスト大槻ケンヂさん
のイベントの客席に屋良さんをお招きすると、
「素敵なお誘いをありがとうございます!」と喜んでいただけた。
お礼を言わなくちゃいけないのは僕の方なのに。
点滅社さん、屋良さん、素敵な本を世に出していただいてありがとうございます。

鬱のときに読んだ本。憂鬱になると思い出す本。まるで鬱のような本。
84名の方による、「鬱」と「本」をめぐるエッセイ集。本が読めないときに。

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