レぺゼン、鵺的ふらここ!──第9代ふらここ新代表冨嶋大晃就任挨拶──
はじめに
本稿は、関西俳句会「ふらここ」第9代新代表冨嶋大晃による、就任に際しての挨拶、そして今後のふらここのありかたについての個人的な意見表明である。後者については、ふらここの団体としての創意でも、冨嶋以外のどの会員の個人的意見を反映したものでも全くないことを、筆を執るにあたってここに断っておく。なお、題字は馬場叶羽により2026年2月に揮毫されたものである。
新代表挨拶──誓願──
私冨嶋大晃は、2026年4月1日を以って、第8代ふらここ共同代表馬場叶羽・川田果樹両名から代表の職責を引き継ぎ、第9代ふらここ代表に就任します。
16年の歴史と、OBOGも含めて60名以上の人のつながりをもつふらここという稀有な場を絶やさず、次代の代表へその職責を引き継ぐ日まで粉骨砕身して関西青年俳壇の交流促進に身を捧げること、そしてなによりふらここという場を、これまで私にとってそうであったように、どの参加者にとっても実り多く安心できる場として、全身全霊を懸けて守ってゆくことを、ここに誓います。
新代表経歴
冨嶋 大晃(とみしま ひろあき)(X: @haiku10340 )
2005年5月、京都生まれ。
2012年、小学校の国語の授業で1句だけ創作。
2018年、洛南高等学校附属中学校入学。同校俳句創作部にて俳句を読み始める。
2020年、同部にて俳句創作を本格的に開始。冨嶋桂晃(けいこう)の俳号を名乗る。
2021年、同校を卒業。洛南高等学校入学。同校俳句創作部に入部。
2022年、第25回俳句甲子園出場。黒岩徳将(「街」「いつき組」)に兄事。
2023年、第26回俳句甲子園出場。第11回俳句四季新人賞最終候補。
同年9月、同部を引退。
2024年、同校を卒業。
2025年4月、1年の浪人期間を経て京都大学文学部に入学、関西俳句会「ふらここ」入会。
同年9月、全国学生俳句会合宿への参加を機に学生俳壇の全国的交流に関心をもつ。
同年10月、第1回全国学生俳句会合同句会を主催。
2026年、冨嶋桂晃の号を捨て、本名である冨嶋大晃の名義にて活動を開始。黒岩徳将への兄事を解消。
同年2月「秋草」入会。山口昭男に師事。
同年4月、関西俳句会「ふらここ」代表に就任。全国学生俳句機構(ICHO)設立に参加、幹事を務める。
同年5月、『新京大俳句』創刊号に参加。
今後のふらここのありかたについての意見表明
以下に、昨今しきりになされている、学生俳壇についてのその内外からの言説を概覧しつつ、これからのふらここのありかたについて思いをめぐらせる。
学生俳壇、あるいは大学俳句界について
2025年ごろから2026年4月現在に至るまで、学生俳壇についての言説や批評が増加している。北大俳句会「えぞりす」有志機関紙『旗手』(2026年3月時点で第4号まで刊行)や『新京大俳句』創刊準備号vol.0.1(2025年5月11日刊行)などの機関紙の続々発行、2025年9月の第4回全国学生俳句会合宿開催とそれを機とした東北大学学生俳句会などの新俳句サークル設立ラッシュ、合宿開催後の熱気の発展的継承を目指す全国学生俳句機構(ICHO)の発足など、火種が火種を生むバブル的活動活発化が生じ、『コールサック』124号(2025年12月発行)での特集記事「学生俳句会のいま」や、『俳句四季』2026年4月号での「大学俳句会の現在」特集、さらには現代俳句協会青年部のオンライン企画「イマココ現代俳句」やX上での、池田宏陸(「鷹」)をはじめとする論者による継続的で緻密な大学俳句への機関誌評的観測、イベント等のムーブメントへの分析、およびそれらの紹介を軸とするコミットなど、相当なボリュームの「大学俳句(会)評」的言説がすでになされ始めている。ぞんざいに言ってしまえば、学生が盛り上がって大騒ぎしている状況が、われわれが思っているよりもかなり大人から注目されているのである。
「学生俳句」と「大学俳句」
『コールサック』と『俳句四季』で、企画のタイトルに大きな相違があることにお気づきだろうか。前者は「学生俳句」、後者は「大学俳句」という呼称を用いている。これらの呼称をめぐる議論としては、横山航路(北大俳句会「えぞりす」共同代表に2024年11月から2026年3月まで在任、「noi」誌友)のnote投稿、およびそれを巡る冨嶋大晃と蒋草馬(新京大俳句会共同発起人)のX上での意見表明をご覧いただくのが良いだろう。また、ここで重要な情報として、横山が2025年9月の全国学生俳句会合宿の主幹の一人であることも挙げておく。
エンジョイ勢の友だちが私の机の飯田龍太全句集をぱらぱらしながら、「この人俳句うまいね、なかなかやるやん」って話していて思わず笑ってしまった。彼にそのすごさをわからせる龍太がすごいのか、龍太のすごさを感じられた彼がすごいのかはわからない。
彼は大学と無縁だったが、私の個人的な繋がりもあって北大俳句会「えぞりす」の一員として何回か句会に参加している。(これは本当に余談だが、専門学生の彼が25年8月にえぞりすへ加入してからは「大学俳句会」ではなく「学生俳句会」を自称するようになるべく心がけている。合宿の名称を「全国学生俳句会合宿」としたり、コールサックの特集名を「学生俳句会のいま」としていただいたのも、ひとつにはそうした潜在的疎外への視線があった。)
読んだすごかった。とくに中盤の学生俳句会のくだり、全国学生俳句会合同句会という名前を引き継いだ者の一人として大切に考えていきます。
— 冨嶋大晃 (@haiku10340) February 12, 2026
ただ、進学以外の進路をとった同世代の俳句関係者だっていて、学生俳句会って呼称もある種むずかしい… https://t.co/AUuoyWf44P
ぼくは逆に意図的に大学俳句会という名称を使います。念頭にあるのはこれまでの京大俳句がどういう集団だったかです(つまり、学生世代のほかに学生でない人がたくさんいて、それがどういう物事をもたらしてきたか) https://t.co/iGiS5tHvu1
— 生藤山 (@mt__shoto) February 12, 2026
一連のやり取りの中で、横山は大学生以外の短大生や専門学校生を包摂できる俳句サークルの呼称として「学生俳句会」を提唱しており、蒋は戦前の「京大俳句会」を視野に入れて、京都大学を中心にしかしその外部にいる参加者にもひらかれた場という意味での「大学俳句会」の呼称の使用を宣言している。冨嶋は横山の「学生俳句」的な方向での包摂の理念に一定の共感を示しつつ、学生の身分にさえも必ずしもこだわる必要はないのではないかと自問する。
この自問は、今後ふらここ代表職を全うしてゆくにあたっても相当に重要な意味をもつものである。以下に、この疑問を頭の片隅に置きながらふらここについて考えを進めてゆくことで、その答えを探してゆこうと思う。
ふらこことはなにか
関西俳句会「ふらここ」は、2010年、黒岩徳将(現在「街」「いつき組」)らによって結成された関西学生俳句会「ふらここ」を母体とする。2013年、卒業したメンバーの継続参加や、広く関西の青年俳人のネットワーキングに寄与するため、「学生」の2文字を削除して関西俳句会「ふらここ」と改称された。このあたりの詳しい経緯は、『新京大俳句』創刊号(2026年5月)への仮屋賢一(第3代ふらここ代表。現在「奎」代表)の寄稿を参照されたいが、ひとまずふらここがその黎明期において、厳密に横山の提唱する現在の「学生俳句」と同じ理念によるものではなかったかもしれないにせよ、「学生俳句会」を称していたことは示唆的である。
また、今回の学生俳句の盛り上がりの起点を2025年とするならば、ふらここはそのはるか以前から脈々と続いてきた団体ということになる。であればふらここについてわれわれが考えるとき、今回の盛り上がりの中でふらここが受けた言及や評価だけでなく、過去15年ほどの間ふらここがどのような団体であったか、あるいはどのような文脈で捉えられてきたか、にも留意する必要がある。
ふらここの歴史──鵺的関西──
例えば、週刊「川柳時評」「第16回俳句甲子園公式作品集」(2013年11月29日金曜日)に、初期のふらここについて以下のような言及がなされている。
黒岩徳将は「関西俳句会ふらここ」の運営もしている。関東では主な大学ごとに俳句会があるようだが、関西では単独の大学だけでは俳句会が成立しにくいようで、大学生や10代・20代の俳人や俳句甲子園のOB・OGを中心に「ふらここ」の活動をしている。通常の句会のほか、みんなで裁判を傍聴したあとに行われた「裁判句会」や、会議室が借りられなかったのでセンターの調理室を借りて焼きそばを作りながら行われた「料理句会」など、なんだか楽しそうだ。
当時の学生俳壇が、関東では大学ごとでの、関西ではふらここという、ある種ごった煮的な場での活動を中心に行われていたことがうかがえる。ここで注意してほしいのは、ふらここは各大学俳句会の巨大な連合体というかたちではなく、あくまで各個人の集まりというかたちで一つの俳句会をなしているということである。特定の大学に中心を置いた交流でも、大学俳句会どうしの連絡会というかたちでの連携でもないのである。
私は、このごった煮的な俳句会の運営方式を、猿の顔、狸の胴体、虎の四肢、蛇の尾を持つという妖怪の名をとって、「鵺(ぬえ)的」と呼びたい。それは単に複合的な組織であるからというだけではなく、関西という風土そのものに、ある種の「鵺性」を感じるからでもある。
関東を例にとると分かりやすい。地理的にも、関東には東京という一極集中の首都があり、明確な中心を見出しやすい。関東出身者が正確な出身都県に関わらず「東京出身です!」と語るというのは、全くの笑い話というわけでもなかろう。実際、関東の大学俳句会では東大俳句会が最大の人数規模をほこっており、東北から中部までの広範囲の在住者が東大俳句会に参加している。
では関西の中心はどこにあるのか。千年の都京都の出身者はもちろん京都と即答するだろうが、外でそんなことをはばかりなく言おうものなら大阪や兵庫の出身者が黙っていない。血みどろの争いも必至である。しかしながら、言葉の上では関西の中心を巡り争っても、その実、近畿圏一帯は、密に張り巡らされた私鉄網などにより一体的な連接都市となっているとみるほうが正しかろう。
密接し互いに溶け合う都市間を行き来しつつ、互いの所属校やそもそも学生であるか社会人であるかすら無関係に句会に人が集まる、このような、雑多で不可解であるにせよ捨てがたい魅力のある句会の場として、ひとまず歴史的なふらここの(少なくとも理想的な)位置付けを捉えたい。そしてそのような場が、少なくとも2013年には、他に有力な代替候補のない関西学生俳壇最大の交流網として機能していたことも改めて確認しておこう。
ふらここの現在──関西学生俳句会「ふらここ」?──
本稿執筆中の2026年4月現在、ふらここの社会人参加者の目減りが激しい。どうしても、学生の自由な活動を邪魔するといけないから、といった遠慮があるようである。ふたたび初期のような、関西学生俳句会「ふらここ」に戻りつつあるのかもしれない。
一転して関西全域に目をむけると、『俳句四季』「大学俳句会の現在」特集には、関西の大学俳句会からふらこことともに新京大俳句会が寄稿している。2024年に蒋草馬、カジオ・ブランコ、濱田春樹の3名を共同発起人として結成された新京大俳句会は、その後もインカレ路線を取り、関西在住の他大生や、関東、中四国の在住者にもメンバーを拡大している。
ふらここと新京大俳句会
歴史的にもっとも有名な京大俳句会は戦前のものであるが、この会は京大俳句史上まれにみるほど大学外からの参加者が多かったことに関しては、今後も何度でも言及されるべきだ。そして、先述の蒋草馬の発言にもあった通り、新京大俳句会はこの、戦前の京大俳句を強烈に意識している。そして、京大、あるいは新興俳句的なもの、を中心に据えた、あるいは据えることをうっすらと企図した大きな運動をつくっている。
実際、全体連絡網的な役割をもつLINEグループの参加者数だけを比べてみても、2026年4月現在、ふらここが63人に対して新京大俳句会が46人と、ほぼ同規模の集団となっている。もはや、関西全域を覆うふらここと、いち大学俳句会としての新京大俳句会、という図式は成り立たないだろう。関西の双璧、あるいは二巨頭対立と捉える向きもあるかもしれない。そうでなくとも、特定の大学の名を関した俳句会がふらここと同規模にまで成長した場合、ふらここがどのような立場をとるべきか、あるいはふらここのオリジナルな価値としてなにが残っているのかについては、いま絶対に答えを出しておかねばならない。
これからのふらここ──脱「学生俳句会」の可能性──
ふらここは、新京大俳句会が明確に京都大学に置くような物理的、地理的な中心をもたない。また、戦前の京大俳句が新興俳句運動と深く結びついていたような思想的な中心ももたない。
このことは、「大学俳句会」とはやや違った論理でメンバーをゆるく束ねる「学生俳句会」のかたちを現在と同じようにとっているだけでは、ふらここは充分な求心力を発揮できず、関西において今後もユニークな存在でありつづけられないことを暗示する。では、たんなる関西学生俳句会「ふらここ」に戻ってしまわないために、これからのふらここはいかに変化してゆくべきなのか。
関西俳句協会「ふらここ」
ふらここも、関西圏在住のメンバーだけに完全に閉じているわけではない。進学などを機に関西圏を出た学生も所属しているし、関西の親類の家に頻繁に遊びにくるため時折句会に参加しているメンバーや、関西から海外に進学して周囲に句会がないためメール句会に投句するというメンバーもいる。また学生俳句会の比較的少ない東海地方からの参加者もいる。この点、ふらここには大学名のような分かりやすいアトラクションはないが、ひろく関西に縁がありまた関西という場を利用できるすべての人々のために充分開かれていると言えよう。
なお、このような場としての意義、すなわち地域在住者のみに留まらない、より広い地縁的な共同体としての役割を学生俳句会が持つ他の例として、北大俳句会「えぞりす」が2026年4月4日付けでInstagramにて入会条件の変更を発表したことが印象深い。以下に一部抜粋のかたちで示す。
新年度より、入会条件を以下の通り変更いたします!
(旧)北海道内の大学・短大・専門学校に在籍する学生
(新)北海道にゆかりのある大学生・短大生・専門学校生
この変更により、「大学進学を機に道外へ移り住んだ方」などにもご入会いただけるようになりました!
また、原則としてすべての対面句会・勉強会において、オンライン会議システムを併用いたします。
このようなゆるい地縁による拡大の路線は、各学生俳句会がある意味で「地域青年俳句協会」的な役割を、一定程度担える可能性を示唆している。むろんこれは、先述のようにかつてのふらここが関西圏の青年俳人のネットワーキングに果たしていた役割とも通底する。いまこそやはり、ふらここにも俳句協会的な情報交換と互助の場としての役割、すなわち、学生か否か、在住地、などの諸属性に関わらず広い青年俳人の交流促進に資する場の提供が求められるのではないか。
関西青少年俳句会「ふらここ」
また、近年のふらここは中高生のメンバーも若干名受け入れている。これと同様の取り組みをより早い時期から最も精力的に行っているのが、九州学生俳句会である。『コールサック』誌「学生俳句会のいま」特集を再び見てみよう。
九州学生俳句会の設立は、二〇二三年にさかのぼる。前身である九大俳句会は二〇一九年に鎌田彩海氏によって設立されたが、当初の会員は四名、設立後ほどなくコロナ禍に見舞われる。対面句会や吟行が行えない情勢が続くなか当会はオンラインを中心として活動を継続し、二代目代表の弘松準平氏が「九州にはない、気軽に学生が集える俳句の場を維持する」ことを掲げ九州学生俳句会へと改称した。その後三代目代表の私が引き継いで今に至る。二〇二五年十月現在、三つの高校、六つの大学より計十六名の学生が在籍している。九州在住の学生ならば誰でも会員になることができ、気軽に俳句を共有することを目標としている。
初期のふらここが、あくまで大学生メンバーを中心に、OBOGの受け入れや同世代交流を中心的課題として社会人層に門戸をひらいたのと対照的に、九州学生俳句会は、大学生が代表などの運営を担ってはいても、高校生たちとともに活動できる場をつくる活動をしている。社会人層ではなくあくまで「学生」にコミットすることを第一義としている点で、九州学生俳句会のこの取り組みは、さきほど来とはべつの意味で、真に「学生俳句会」的であるといえるだろう。
私個人の問題意識としても、洛南高等学校俳句創作部在籍中から、「2学年先輩の川田果樹が代表を務めている大学生の俳句サークルが関西にあるぞ」とふらここのことは気になっていたし、実際に小中学生、高校生が、結社に入る気はないけれど外部の句会に出てみたい、あるいはあまり年の離れたメンバーばかりの句会だと緊張してしまう、という思いを抱えているケースは少なくないはずである。大学進学以前の子どもたちにとって、結社や他の大学俳句会に乗り込むよりは身近な冒険先としても、ふらここは開かれていてよいだろうし、将来的に関西圏への進学や転居を考えている子どもたちにとっては、関西圏と縁の深い先輩がたくさんいる場が役に立つこともあろう。
関西若手超結社句会「ふらここ」
もっとラディカルに、ふらここのサークルというかたちそのものを問い直してみてもよかろう。関西の俳句文化の下地として、面白く活気ある超結社句会が多いのが特徴である。
私のような若手にもなじみ深い句会の例をいくつか挙げてみよう。川田果樹(「麒麟」)と岩田奎(「群青」「オルガン」)が主催するニュー梅田句会は、毎月1回、平日夜に飲食店に集まって夏雲システムを利用して行う句会である。2026年2月現在、参加者には「麒麟」や「秋草」の若手も多く、また歌人やダンサーなどもおり、さらに不定期にゲストなどの参加が続々とあって楽しい。
龍谷大学「現代俳句講座」がもとになってはじまった深草句会は、講座の修了生以外も巻き込んで関西圏の大学生が多く通うようになり、事実上超結社句会的な場と呼んで差し支えないほどになっている。俳人協会の大人俳人たちが何人も参加していて、選評を受けて成長できる場としても参加者からの信頼が篤い。
これらの句会はいずれもカテゴリーとしては超結社句会にあたるのだろうが、結社の代表者同士の句会ではなく、結社に所属していない俳人も自由に参加できる。(むしろ、そのような俳人たちの方がマジョリティである場合も多い。)ふらここは現在、大学生が多いというその特性上、結社に所属しているメンバーは少数派であるが、このような自由参加型の超結社句会の場として開かれていてもよいだろう。
おわりに──ふたたびふらこことはなにか──
では、以上見てきたように、ふらここの今後に様々な可能性があるとして、いまのふらここは、どのように舵を切ってゆくべきなのだろうか。
あえてもう一度本稿が私の個人的意見であることを断っておくが、その答えは、すべて、である。なぜならふらここは、いち大学俳句会でも単なる学生俳句会でもなく、まさしく鵺のごとく、関西俳句会「ふらここ」としか語りえぬものであると、私は固く信じているからである。
大学生も社会人もOBOGも中高生も、結社に入っている人も入っていない人も、ふらっと立ち寄れる場であること。明確な中心を置かずとも濃密で熱意にあふれた俳人どうしの交流が起こり、その中で人が育ち、どんなモチベーションや期待を持った人にとっても魅力ある句会をすること。新しい関西俳句会「ふらここ」は、そういうことができる場を目指します。
