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ラベンダーピンクの夜明け~生きづらさを物語へ変えるまで 第1話


(あらすじ)

思春期の頃から生きづらさを抱えてきた文香。就職の挫折、職場での苦しみ、結婚生活の破綻、母との別れ、そして自己破産――人生は、何度も彼女を打ちのめした。
どん底で訪れたメンタルクリニックで、「IQ130」という思いがけない検査結果を告げられる。自分を苦しめ続けてきたものは、欠陥ではなく、一つの「特性」だった。
やがて対話型AIとの出会いをきっかけに、散らばっていた思考や感情は少しずつ言葉となり、物語へと姿を変えていく。
――書くことは、自分を知ること。
傷ついた過去も、父の言葉も、母との別れも、自分だけの物語へと変えていく中で、文香は少しずつ「自分らしく生きる道」を見つけていく。生きづらさを創作へと昇華していく、一人の女性の再生の物語。




第1章:カオスという名の黎明期

第1話「実家の古書店のバイトと大学生活の日々」



「私はその頃、混沌という名の、まさに黎明のカオスの中にいた…」

時は1989年。20歳の成人式を終えて間もない星野文香)は、川越の蔵造りの町並みにある、実家の古書店の娘だった。

セピア色をした古書群が並び、焼けた埃の匂いが満ちる店内で、私は大学に通いながら父の店を手伝っていた。見た目だけでは価値がわからない古書の世界は、目利きが求められ、面白さも大変さもある。
もう中学や高校の頃、父から
「おい文香、この本はいくらで何年版だっけ?」
と聞かれる。すると私は表紙を見ただけで、
「昭和〇年版だから、〇〇円。」
などと平然と答えていた。

埃を払う指先だけが、止まった時間の中で動いているような錯覚。しん…とした静けさの中で、本の背表紙の文字が勝手に脳内に流れ込んできて、私の頭の中はざわついてしまって気の休まる暇がない。

「ちょっと~、お姉ちゃん、こっち手伝ってくれる~?」
奥から響いた母の鋭い声が、脳内のざわめきを切り裂いた。
「は~い、ちょっと待って、今行く!」

現実に引き戻され、奥の台所へ足を向ける。
「なぁに?お母さん。」
「これを片付けておいて。」
と頼まれ引き受けた。しかし、今のテレビ画面に目が留まった瞬間、私は不注意というか、注意力散漫という網に掛かり、母の頼み事を頭から綺麗に消し去ってしまった。
「あれ…、これは…?」
画面では、お笑い芸人がテンポのいい「占いコント」を繰り広げている。画面の中の笑い声が、なぜか私の脳の、まだ開いていない扉をノックしたような気がした。

「あ、お姉ちゃん、仕舞うのちゃんとやっといてよ~!」
戻ってきた母の、少し呆れた、けれど温かい声に、私はまたハッと現実に引き戻される。
「あ!?あぁ、はーい!」
不意の言葉に惑わされながらも、もくもくと作業を続けるのだった。

経年のため焼けた本の一種独特な湿っぽいような匂い、本の背表紙を開いたところにちょっとだけ糊付けし店名が印刷された短冊状の値札、古本を手入れする際のある種ノスタルジックな紙の音、普通ならジャンルなど同じような本は纏めて本棚に並べるはずなのに、うちの本はお堅い本からそうでない本までジャンル分けしづらいものが多く、それらがそこら辺にドサッと意味なく置かれていたり…うちのお店には、所狭しと言わんばかりにそんな本たちがその場を占領していた。

私は、周囲の空気や人の感情がわかりすぎてしまう。その人と同じように悲しみや人の生の感情を脳内に感じ取ってしまう。それでこの静かな実家に逃げ込んでいたのだ。

この受信感度が、一歩外の社会に出た時、どれほど私をすり減らすことになるのか、当時の私はまだ気づいてはいなかった――

私は池袋にある大学の2年生。もうじき3年生に上がる。古いチャペルやつたの絡まる重厚な図書館は、どこか実家の古書店に似ていて落ち着く…はずだった。けれど、都会の華やかな空気に煌めくキャンパスの中で、私はいつも一人取り残されたような強い疎外感を感じていた。

学食でお昼を食べ終えた後、私はいつも持ち歩いている小ぶりのタロットカードを広げてみる。テレビの「占いコント」が何故かどうしても頭から離れなかったのだ。そこへ同じクラスの友人、歩実と涼子がやって来た。

「あれ?なに、まぁたそんなことやってるの?」
「好きだよねぇ。私なんて運命論者じゃないから、何が面白いのかさっぱりわからないわ。」
涼子の「運命論者じゃないから…」という言葉が、チクリと胸に刺さる。

私は、彼女たちからまるで「私たちとは違うのよね、変わってるよね。」と冷ややかに言われたかのように感じ取ってしまう。彼女たちの言葉と視線に、私は即座には言い返せなかった。
「もうっ!いいの。これ、けっこう当たるんだから!」
「あっそ…ふぅん。」
逃げるように去っていく2人を見送りながら、私はふうっとため息をついた。

やりたいことも見つからず、生きづらさを抱えながら自分の道を模索するように、何度もカードをめくる。けれど、正位置の良いカードはなかなか出ない。

やがて大学3年の夏になり、本格的な就職活動が始まった。

当時は空前のバブル時代。学生が複数の内定をもらい会社を選べる「超売り手市場」だった。
「短期バイトの面接に行くだけで交通費がもらえるような時代だし、きっと何とかなるよね?」
と、私は不安を振り切るように楽観視しようとしていた。

けれど、私の気質は、世間の浮かれた空気とは対照的な、何か不穏な空気を敏感に感じ取っていた。就活を終えた先輩たちが、
「来年はきっと大変だぞ!?」

先輩は笑っていたけれど、私には聞こえていた。華やかなディスコビートの裏側で、グラスが割れるかような、残酷な冷たい響き。それがバブルの終わりを告げる音なのか、私の人生のほころびの始まりなのか、その時の私にはまだわからなかった。





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