「住めば都」と「住まば都」——似ているようで正反対の日本語の奥深さ
「住めば都」ということわざは、私たちの多くが知っている言葉でしょう。
転勤で地方へ移った人が、「最初は不便だと思ったけれど、住んでみたら意外と暮らしやすい」「今では離れたくない」と語る場面などで、よく使われます。
一方で、「住まば都」という言葉をご存じでしょうか。
文字を見ると、「住めば都」と一文字しか違いません。しかし、その意味は驚くほど異なります。
「住めば都」が、どんな土地でも愛着が生まれるという意味であるのに対し、「住まば都」は、同じ住むなら都のような便利で豊かな場所に住みたい、という意味です。
つまり、この二つの言葉は、似た形をしながら、発想の方向がほぼ逆なのです。
今回は、「住めば都」と「住まば都」という二つの表現を通して、日本人の住居観や価値観の変化、そして言葉の面白さについて考えてみたいと思います。
「住めば都」——人間の適応力を表した言葉
「住めば都」の「都」とは、単に首都や大都市という意味ではありません。
古来の日本人にとって、「都」は政治・文化・経済の中心であり、最も栄えた理想的な場所を意味していました。
しかし、このことわざは、その「都」と比べて劣るように見える土地であっても、実際に生活を続ければ愛着が生まれ、居心地のよい場所になるという人間心理を表しています。
これは、現代社会でも非常によく当てはまります。
例えば、東京で生まれ育った人が地方都市へ転居した場合、最初は電車の本数の少なさや商業施設の少なさに不便を感じることがあります。
逆に、地方から大都市へ出てきた人は、騒音や人混み、家賃の高さなどに戸惑うこともあります。
ところが、数年生活してみると、最初は欠点だと思っていた部分にも慣れ、その土地ならではの魅力を見つけることがあります。
「駅前に大型商業施設はないが、店の人と顔なじみになれる」
「交通は不便だが、自然が豊かで静かに暮らせる」
「都会は忙しいが、文化施設や仕事の機会に恵まれている」
このように、人間は環境に適応し、その土地との関係を築いていきます。
「住めば都」という言葉は、単なる我慢や妥協を意味するものではありません。
人間が暮らしの中で価値を発見し、場所に愛着を持つ能力を表現した、非常に深い言葉なのです。
「住まば都」——昔の人々の現実的な願望
これに対して、「住まば都」は少し現実的な響きを持っています。
「住まば」は、「もし住むならば」という意味です。
つまり、「住む場所を選べるのであれば、田舎や辺境よりも、便利で華やかな都に住みたい」という考え方を示しています。
現代の感覚からすると、「住めば都」と混同されやすいのですが、本来は全く違う考え方です。
これはある意味で、人間の素直な欲求を表しています。
生活の利便性、仕事の機会、教育、文化、娯楽、医療などを考えれば、多くの人が都市に魅力を感じるのは自然なことでしょう。
実際、歴史を振り返ると、世界中で人々はより豊かな機会を求めて都市へ移動してきました。
日本でも、明治以降の都市化、そして高度経済成長期の人口移動によって、多くの若者が地方から東京・大阪などの大都市へ移り住みました。
これはまさに「住まば都」という考え方の現代版とも言えるかもしれません。
実は矛盾しない二つの価値観
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