クラシック音楽は意外と新しい──バッハからブラームスまでを日本史で読み替える
はじめに──「クラシックは古い」という思い込み
「クラシック音楽は敷居が高い」「何百年も前の音楽で、現代とは関係がない」
こうした印象を持つ人は少なくありません。しかし、少し視点を変えて、日本史の時間軸と重ねてみると、その感覚は大きく揺さぶられます。
実は、私たちが日常的に演奏し、聴いているクラシック音楽の大半は、せいぜい過去300年ほどの作品です。日本史で言えば、江戸中期から明治以降に相当します。縄文や平安と比べれば、むしろ「かなり最近」と言ってもよい時代です。
本稿では、J.S.バッハ、ベートーヴェン、ブラームスという代表的な作曲家を、日本の歴史上の人物・時代と対応させながら眺めてみたいと思います。そうすることで、クラシック音楽がぐっと身近に感じられるはずです。
第1章 J.S.バッハと徳川吉宗──享保の改革と対位法の時代
J.S.バッハ(1685–1750)は、「音楽の父」と称される存在です。その名前から、はるか昔の人物のように感じられがちですが、彼は江戸幕府第8代将軍・徳川吉宗(1684–1751)とほぼ同世代です。
吉宗といえば、享保の改革を行った将軍として知られ、後世では「暴れん坊将軍」のイメージでも親しまれています。倹約と規律を重んじ、幕府財政の立て直しを図った人物です。
一方のバッハは、教会音楽を中心に、秩序だった対位法の世界を徹底的に作り上げました。無駄を削ぎ落とし、構造の美を追求する姿勢は、享保の改革期の空気とどこか通じるものがあります。
バッハの音楽は、感情を爆発させるというより、世界が理にかなって動いていることを示すような響きを持っています。享保期の江戸と同じ時代に、ドイツでこの音楽が生まれていたと考えると、バッハは決して「神話上の存在」ではなく、同時代を生きた職業音楽家だったことが実感できます。
第2章 ベートーヴェンと徳川家斉──「個」が前面に出る時代
次に登場するのが、ベートーヴェン(1770–1827)です。彼は江戸幕府第11代将軍・徳川家斉(1773–1841)と、わずか3歳違いで生まれています。
家斉の時代は、大奥文化が栄え、形式や儀礼が極度に洗練・肥大化した時期でした。政治的には停滞感もありつつ、江戸文化は爛熟期を迎えます。
一方、ヨーロッパでは、市民社会の台頭とともに「個人」が前面に出る時代が到来します。ベートーヴェンの音楽は、まさにその象徴です。交響曲やピアノ・ソナタは、もはや宮廷のためのBGMではなく、作曲家自身の内面や思想を表現する場となりました。
同じ時代、日本では将軍が巨大な制度の頂点に立ち続け、ヨーロッパでは一人の作曲家が世界と格闘していた。この対比を意識すると、ベートーヴェンの音楽に漂う「孤独」や「闘争」が、より鮮明に聞こえてきます。
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