人間が嫌いで、人間が好きだ
私は人間が嫌いだ。
昔、友達から夜に電話がかかってきた。
車で帰る途中、鹿にぶつかってしまったという。
相手はひどく取り乱していて、どうしたらいいか分からない様子だった。
私は、こういう場合に対応してくれる連絡先を調べて伝えた。
少しでも落ち着かせようとしていた。
そのあと、もう一度電話がかかってきた。
後続の車が、その鹿をさらにひいてしまったという。
そのとき、感情が揺れた。
落ち着かせてあげたい気持ちと、許せない気持ち。どちらも同時にあった。
友達は悪くないのかもしれない。パニックの中で、できることは限られていたのだと思う。
それでも、何かが戻らない気がした。
人間よりも、鹿のほうが助かってほしい。そんな感覚が、自分の中に生まれていることに気づいた。
私は人間が嫌いだ。
私達は、地球という美しい惑星で暮らしている。
地球にとって、人間はとても大きな影響を持つ存在だと思う。
それは、守ることもできるし、壊すこともできるという意味で
私たちは「私」という単位で生きている。
でも本当は、もっと大きな流れの中にいるのだと思う。
私。人間。生物。地球。宇宙。
そうやって見ていくと、自分たちの住む場所を壊してしまう存在は、どこか不思議で、少し愚かにも見える。
でもそれは、強欲さだけじゃない。
視野の狭さや、知識のなさ、余裕のなさ。
そういうものの積み重ねなのかもしれない。
私達は、本当に今以上の発展を望んでいるのだろうか。
一度立ち止まって、これまで破壊してきたもの、疎かにしてきたもの、後回しにしてきたものに、時間を使ってもいいのではないかと思う。
環境のこと。
動物のこと。
そして、誰かを思うこと。
「有名になりたい」「お金持ちになりたい」と言いながら、
目の前の人や、自分のいる環境を大切にしない。まるで、「すぐに地球を救いたがるのに母親の皿洗いは手伝わない」。
そんな矛盾に似ている。
そんな矛盾の中で、私たちは生きている。
私は、価値観が少しずつ変わっていけばいいと思っている。
外見や持ち物だけではなく、誰かのために行動できる人や、環境のために何かをしている人が、何を大切にしているかが自然に評価される社会になればいい。
そうなれば、目指すものも変わっていくのではないだろうか。
今、もしも宇宙からこの地球を見たとき、
自分たちの住む場所を壊し続ける生物は、どう映るのだろうか。
そう考えると、人間のあり方に疑問を持つのも無理はないのかもしれない。排除されても仕方ないようにすら思える。
それほどまでに、人間は地球に負荷を与えている存在だ。
人間が消えた方が、この星は美しくなるのではないかと、ふと考えてしまうこともある。
人間を本気で助けたいとは思えないのに、本気で幸せになってほしいとも思っている。
この矛盾を、うまく言葉にすることができない。
人間に距離を感じながら、それでも私は、人間が好きだ。
愛を持つことができるからだ。
信じることをやめられない。それは危うさでもあり、同時に強さでもある。
人生を豊かにしたい、幸せになりたい。その先にあるのは、いつだって何かを思いやることなのかもしれない。
本当に大切なものを失ってしまう前に、今の私達にできることは何だろう。
私はこれからも、愛のある選択をし続けたいと思う。
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