そして、パワースポット依存から抜ける
流行りでパワースポットに行く人はまた別として
パワースポットに行く人の中には
多分、過去の私のように
「選ばれし者になりたい」願望が強い人が
一定するいると思う
例えば私。
たまたま立ち寄った神社で、
御祭神がお姫様だと知った瞬間
「ここにご縁があるのかも」
「生まれ変わりなのかもしれない」
そしてそこから脳内ドラマが始まる
誰もが思ってる
「自分には何か大きな役割があるはずだ」
でもそれは使命感というよりも
人生一発逆転の可能性を求めてる
ゴールドラッシュ
アメリカンドリーム
そっちに近い
今なら
異世界転生したい願望
今のままじゃ終わらない
このままの評価で終わるはずがない
どこかで帳尻が合うはずだ
苦労したんだから
ご褒美が来てもいいはず
被害者意識も強かった
うまくいかなかったこと。
報われなかった努力。
理解されなかった時間。
それらを心のどこかで数えながら、
「これだけ苦労したんだから、
そろそろ大きなご褒美が来てもいいはずだ」
その啓示を得たい気持ちも多分あって
パワースポットに行って
パワーを高めようとしてた
ただ
報われたかっただけだった。
私のパワースポット依存の構造
苦労した
↓
今が満ち足りていない
↓
何か特別な物語を探す
↓
「私は選ばれている」という感覚
↓
一瞬、満たされる
↓
思ったような結果が出ない
↓
まだ足りない
↓
別のパワースポット探す
でもこの依存の原因は
どこまでも自分の脳の構造問題
エネルギーが足りないわけでも
信心が足りないわけでもなかった
不足感を抱えた脳が、
意味のある物語を求めていただけ
なぜなら、人間は意味を求めるから
そして、自分がこの世にある意味を感じられれば
一時的に安心する生き物だから。
でも、一時的
以前お邪魔したお寺の住職が言ってた
「人間は煩悩の生き物。
煩悩がなくなったら神になって
天に上るしかないからね」
そう、生きてる以上
意味を求めちゃうんだ
でも、今になって過去の自分を見ると
ちょっと笑えてさえくる
選ばれし者になって
世界を救いたいわけじゃない
誰かの生まれ変わりとして
使命を得たいわけでもない
今私があることに意味を見いだしたい
特別だと感じたい
本当に、それだけだった
私は今、パワースポットには行かない
結果。
大きなご褒美は、来なかった
少なくとも私が望んだ
どかーんと人生がひっくり返るような奇跡は
起きなかった
宝くじも当たってない
私を好きだと言う大富豪は現れてない
「あなたは〇〇の生まれ変わりです」って
不思議なお告げが来たわけでもない
でも、代わりに起きたことがある。
家を整えた。
光を変えた。
好きな匂いを置いた。
視界のストレスを減らした。
そうやって環境を変えたら
あの頃よりも
幸せを感じられるようになった
少なくとも謎の焦燥感や
不足感は消え去った
整えたことで、脳が静かになったからだ。
今はもう
選ばれたいとも思わないし
何か大きな使命が欲しいわけでもない
毎日「ああ、幸せだな」って感じる
それで十分なんだ
大きなご褒美は来なかったけれど
静かな回復は、毎日ある
もしかしたら
あのころに欲しかった奇跡って
こういうことだったのかもしれない。
変えるべきものは
スピリチュアルでもよく言う
現実は、変わらない
ただ見え方が変わるだけ
つまり、見方を変えると
現実がちゃんと変わっていく
そして見方を変える余裕を作るのは
心の余裕
その心の余裕を作るのは
毎日いる家のパワースポット化
車の、会社のパワースポット化
外に求めず、日常のすべてを
あなたのエネルギーが満ちる場所に
脳が安らぐ環境に…!
