『ひろしま』(1953)──映像再現ではない。これは記憶そのものだ。
映像再現ではない。これは記憶そのものだ。
サブスクで配信されている古い日本映画は、つい「また今度でいいか」とスルーしてしまうことが多い。だが、1953年の映画『ひろしま』は、その判断をしたら確実に損をする一本だ。
「すごい」という言葉では足りない。むしろ、その安易な形容詞がこの作品を陳腐にしてしまいそうなほど、言葉を失わせる映画だった。
8年後の広島をスクリーンに刻む
原爆投下からわずか8年後。関川秀雄監督は、実際に被爆した広島市民や教師、学生を含む約9万人をエキストラに迎え、惨状を再現した。
原作は教師や生徒の手記を集めた『原爆の子』。記録とドラマを融合させ、虚構の皮を最小限にした作りだ。
公開年のベルリン映画祭では長編劇映画賞を受賞している。しかし国内では、あまりにも生々しい描写が配給会社の腰を引かせた。
対米感情への遠慮もあり、全国公開は見送られ、フィルムは倉庫で眠ることになる。
再び光を浴びたのは半世紀後。現在はU-NEXTやPrime Videoで観られる。
制作は市民と映画人の共同作業
撮影には広島県教職員組合、広島市役所、被爆者団体、広島電鉄など、地域一体で協力。衣服や防具など4,000点の小道具も市民から寄付された。
太田川周辺や救護所の混乱、焼けただれた街並みは、CGのない時代に大道具・メイク・照明の力で作り上げられた。
音楽は伊福部昭、美術は平川透徹、セットは高山良策。助監督にはのちに『海と毒薬』の熊井啓も名を連ねている。若き才能と熟練の職人技がぶつかり合った現場だった。
あらすじ(ネタバレありー閲覧注意!)
高校で女子生徒・みち子が倒れる。原因は原爆症による白血病。担任の北川は、生徒たちと原爆後遺症について話し合う──そこから場面は1945年8月6日へ。
工場で勤労奉仕をしていた女学生。登校中の子どもたち。授業中の小学生。彼らの世界は、午前8時15分、突如、閃光に包まれる。
人類史上初の原子爆弾の街のうえでの炸裂だ。
焦土をさまよう人々の姿は幽霊のようだ。
救護所は地獄絵図。ひたすらに修羅場が描かれる。
映画後半では、親を亡くした子どもたちが荒んだ路上生活者となり、瓦礫の街をさまよう。
復興が始まる中、白い服を着た市民が原爆ドームへと歩みを進める。その列に、死者たちの魂が重なって幕が下りる。
見終えて心に残ったもの
観て、絶句した。
戦後まもない頃に、これほど生々しい反戦・反核映画が作られていたことに衝撃を受けた。
思い出したのは漫画『はだしのゲン』。あの地獄絵が、実写として再現されている印象だった。
順番としては映画が先だが、それはもはやどうでもいい。この映像は現実に起きたことなのだ。
特に印象的なのは、戦争孤児たちの描写だ。生き延びるための必死さが、子役たちの目の奥に刻まれている。
ラストの白い服の群衆は、弔いの色に見えて仕方がなかった。
ぼくの評価は?
音声は聞き取りづらく、音楽も好みが分かれるだろう。しかし、それらを凌駕する圧倒的な意義がある。
原爆投下から数年後に、この表現を実現させたこと自体が驚異だ。
戦争の記憶が薄れていく中、毎年8月に観るべき作品の一本だと思う。
評価は星5つ。今後も間違いなく語り継がれるだろう傑作だ。
最後にぼくが広島に慰霊の旅をし、描いた水彩画を載せておく。
モチーフとした原爆ドームはイバラの冠をかむった殉教者にしか見えなかった。

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