人生の後半戦にさしかかっているあなたへ【#読書感想文】
思えば、私の恩師は独善的な人だった。
小学生の頃、当時40代半ばだった女教師の彼女から、勉強することの面白さ、努力することの大切さを学んだ。とても感謝している。
だがそれ以上に、理不尽だと感じる場面も多かった。
かつて彼女の発案で、夏休みに学校へ呼び出されたことがあった。登校日でもないのに。
電話口で「今から来なさい」と言うのである。
私は、何の疑問も抱かず小学校へ出かけていった。
クラスの半分くらいが集まっただろうか。
突然呼びつけられて、不思議そうな顔をした生徒たちに、
「校内が汚れているので、掃除をしなさい」
と、先生は命じたのだった。
各自、ホウキやぞうきんを持って、言われるがまま掃除をした。
皆、素直だったし、先生の言うことは絶対である。
何より夏休みに自分たちしかいない校内は、非日常で楽しく、先生がご馳走してくれたアイスキャンディーは、冷たくてとても美味しいものだった。
でも心のどこかで「なんで私たちが?」と、もやっとしたものが残ったのを覚えている。
この話は後日、校内で問題になったと聞く。
「夏休みに、子どもたちを自分勝手に呼びつけるなど言語道断。事故などあったら、どうするつもりだったのか」と。
彼女は「生徒の情操教育の一環だった」と反発したそうだ。
だとしても、その日、宿直だった彼女の思いつきで、生徒を呼びつけた行為は問題だったと今なら思う。
彼女の言動は、万事その調子だった。
「自分が正しい」がやめられない。
彼女が主張すれば、黒いカラスも白になったし、反論は許されなかった。
そして己の正しさを他者から否定されると、泣いて被害者の顔をするのである。
この本を読んで、ふいに昔のことを思い出した。
アガサ・クリスティ著『春にして君を離れ』
物語はバクダッド~ロンドンを旅する間にある、鉄道宿泊所からはじまる。
主人公ジョーンは、優しい弁護士の夫、既に成人して家を離れた3人の子をもつ、中流家庭の専業主婦。彼女は、結婚してバクダッドで暮らす末娘の看病を終え、列車で帰宅中であった。
わたしはキャリア・ウーマンになろうなんて、ついぞ考えたこともなく、妻であり、母親であることに満足しきって暮らしてきた。
地元から離れたことのないジョーンの初めての長旅。そこで女学院時代の旧友、ブランチと再会する。
だが、かつて学院のアイドルだったブランチのあまりの奔放さに、ジョーンは嫌悪するのだった。
この女があのブランチ・ハガード、聖アン女学院の人気者だった美少女のなれの果てなのだろうか?自分の生活の醜い面を臆面もなく曝けだして、恥とも思わないだらしのなさ。それに下品な言葉遣いったら!
ジョーンは、ブランチから別れ際に
「何日も何日も自分のことばかり考えてすごしたら、自分についてどんな発見をすると思う?」
という問いを投げかけられる。
悪天候で立ち往生を余儀なくされたジョーンは、話相手もいない、読む本もない、まるですることのない時間を得て、これまで見ぬふりをしてきた夫のこと、子どもたちのことを、さまざまに回想するのだった。
かつて気にもとめなかった出来事の真相を悟った彼女は、果たして悔い改めることができるのかというお話。
幸せって、なに?
人生って、なに?
読者に問いかける作品となっている。
ミステリーの女王、アガサ・クリスティらしからぬ物語だ。
名探偵は登場せず、殺人や盗難も起こらない。
ただただジョーンが回想しているだけの話といえる。
だがクリスティ作品の中でも、読むべき話だと言われて手に取った。
恐ろしい話なのだと。
1度読んだ時には、物語に引き込まれたものの、そんなに凄い作品と感じなかった。
だが時間が経つにつれて、じわじわとこの作品のことを思い出すようになっている。
読み手によって、捉え方が変わる本だといえるだろう。
身近な誰かのことを思い出さずにはいられない。
私はこの作品を読んで、かつての恩師を思い出した。
人によっては、それは家族かも知れないし、職場や学校の誰かかも知れない。
どこか、もやもやと心の中をかき乱される。
過去に自分がされた仕打ちを、じわじわ思い出すこともあるだろう。
でもある日、はたと気づくのだ。
このジョーンは、私自身じゃないのか。
ある程度、年をとると人から叱られることがなくなる。もしくは指摘されても、自分の正当性を主張して、過ちを認められない。
かつて私がよかれと思ってやった助言や行いは、他者にとって迷惑だったのではないか。
私は誰かの妻や母になってはいないけれど、後輩や親族を操ろうとしてはいなかったか。
独善的だと他者を批判している私こそが、独りよがりなのではないか。
人それぞれ子どもが巣立ったり、親を亡くしたり、自分の時間が増えてくると、自分と向き合う機会も増えてくるものだ。
自分の人生は、本当にこれでよかったのか。
己を省みて、ひやっとさせられる1冊だった。
ある程度、年を重ねてきた今だからこそ、作品の中により入り込めた気がする。
ちなみに冒頭で語った女教師とは、小学校卒業以来、顔を会わせていない。
私は今、当時の彼女と同じ年頃になった。
今もご存命だと風の便りで聞いている。
かつて将来の夢を「教え子たちに囲まれる老後」と書いていた彼女。
でも私は、彼女に会いたいとは思わない。
