「想いのこもった贈り物」をいただきました
リーディング練習会の
感想シリーズ第2弾。
第1弾のブログはこちら。
2人目は、すがにゃん。
すがにゃんは私たちと
養成講座を受けた後に、
さらに深い学びを続けていて
フルリーディング
ゲートリーディング
サイクルリーディング
なども提供できる方。
どんなリーディングを
してもらえるのか、ワクワク。
ノードから見えた私
ノードはここ。

人生の前半と後半で
どんな「舞台設定」が
あるかがわかるところ。
私はサウスノードが
どちらも16番、
ノースノードが
どちらも9番です。
16番は才能があるのに
資源がないと動けない状態。
「やりたいことがあるのに
お金がない、時間がない」
となりやすい。
そういう環境に身を置いて
自分自身もまたそうであったなと。
16番はスキルという
名前がついている個性で、
スキルは反復によって
磨かれていくものなんだけど
リソースが不足すると
続けていくことが難しくなる。
原動力が不足する感じ。
私子供のころから割と
なんでも器用にできる
ところがあって。
パッと見て大体やり方がわかる。
実際にやってみると割と上手くいく。
コツを掴むのが早い、みたいな。
なんだけど肝心の
その自分を「何に対して」
注ぎ込めばいいかがわからなくて、
「器用貧乏」
って言われたこともありました。
ある程度のところまでは
サクッと行けるのだけど、
ある程度のところで頭打ちする。
きっとそこから先に
この個性の本領が
あったような気がします。
そしてその「舞台」が
用意されることで、
あとの9番が効いてくる。
「焦点を合わせる」
ことで、どこにエネルギーを
注ぎ込むかが明確になり、
「器用になんでもこなせる」
人から少しずつ
「これは得意」な人に
移行していった感じ。
さらに
「細部までフォーカスする」
ことで、
「なんとなく」の感覚で
やっていた自分の動きを
細かく見ることができ、
それが「確かな反復」へと
繋がりました。
「細部をおろそかにしない」
この言葉が響いた。
人生前半はおろそかどころか
全く細部に目が向いてなかったw
今はむしろ細部しか見てない(笑)
あとは
リソース(資源)ができてから動く
のではなく、
「やると決めて」動くことで
リソースが巡ってくる、
という前提を持つ。
すがにゃんのこの言葉が
めちゃくちゃわかりやすかった!
これ、あるあるじゃないかな?
時間やお金がなくて
後回しにしちゃうことって、
結構やりがち。
でも「いつか」って
やってこないのよね(笑)
ノード、おもしろいー。
インカネーションクロスから見えた私
インカネーションクロスは
上の数字4つの組み合わせ。

「絶対的な真理を探すというプレッシャー」
を持ちながら、同時に
「世界には法則があるはずだ、でもそれがわからない」
という自分もいる。
そもそも「真理」とは
追いかければ追いかけるほど
言葉にすれはするほど
逃げていくもので。
そこには常に「曖昧さ」がある。
あるというよりは
言葉によって生まれてくる。
その言葉が落とす「影」が
曖昧さのようでもある。
そしてその先にあるのは
「孤立」「異端者」
「権威者としての孤独」
前回の「トモダチできないE.T.」に
繋がっちゃう部分だ(笑)
それでも、真理を
追いかけちゃう。
そういうプレッシャーが
やってくるからなんだけど。
そこには一種の「傲慢さ」もある。
自分が伝えていることが
「絶対的」とは思っていない
のだけど、
動きとすれば「伝えていく」
というポジションではあり、
5番ラインゆえの
「周りとフラットになれない位置」
に立たされてしまうことから
どうしても「上から目線」に
なりやすい。
「その傲慢さを受容すること」
とは、すがにゃんからのアドバイス。
ここを感じてみた。
前回あきらっちのリーディングでも
「人外から働きかける」
と言われたのだけど、
この真理にまつわる動きも
「外からの働きかけ」
のように感じていて、
そもそも人との間の
上下関係だったりとか、
どっちが偉いかとか、
そういうのはよくわからなくてw
人間社会的な上下、というよりも
「どうしたって人の外から投げ込まないといけない」
という意味での上下というか。
AIで「傲慢」を調べてみた。
傲慢(ごうまん)とは、自分の能力や立場を過信し、おごり高ぶって他人を見下したり、無礼な態度をとったりする様子を指します。自らを特別視する心理から批判を受け入れず、支配的な態度や横柄な振る舞いとして表れる、人間関係を悪化させるマイナスの性質です。
なるほど、
「自分の能力への過信」が
「他人を見下す」という落差を
生み出すことで、
その現象を「傲慢」と呼ぶのね。
すがにゃんは
「絶対的な真理には自分が
理解できないものもある、
ということを認めること」
ともアドバイスしてくれて、
これがバランスの修正になる。
過信が薄れるからね。
スペースを埋めない感じだ。
傲慢さを受容するとは
そういう体験をする必要も
あるってことだ。
うん、散々やってきた。
確かにこの体験のおかげで
「突っ張ってる自分」
に気づいてきた。
相手を突き放しているようでいて
実はこれって「自己保身」だった。
傲慢さの反対には
謙虚さがあって、
これがどのくらい自分の姿勢に
広がっていくかによって
相手との間のバランスが変わる。
今は、どうかな。
自分では
「真理は相手の奥深くにある」
って思ってるから、
見下すよりも変態レベルで
相手を知ろうとしている気が
するのだけど。
「傲慢だ!」って
もし感じている人がいたら
教えてくださーい!笑

キロンターンから見える私
サイクルリーディングには
サターンリターン(30歳前後)、ウラヌスオポジション(40歳前後)、キロンリターン(50歳前後)という人生の三つの節目
があると、すがにゃんの
ブログから抜粋させてもらった。
その中の「キロンリターン」
からもリーディングしてくれたよ!
キロンリターンでは
私は願望のクロス
(3番、50番、41番、31番)
らしく、
メインの3番では
「マインドに突然変異をもたらす力」
「人々を高い精神性へ引き上げるための動的で突然変異的な力」
なんだって。
「人々に知性の突然変異を受け入れさせる」
ことで、私の使命が
更に開花していく、みたいな。
3番の相方の50番は
「未来のルールの可能性を示す」
50番は部族のエネルギーなので
このルールは精神性というよりは
具体的、実質的なルールかなと。
「もうこのルールは必要じゃないよね、
じゃあどんなルールを適用していけばいい?」
というところへの働きかけ。
ちょっとゆっくり咀嚼してみる。
まず、
「マインドに突然変異をもたらす力」
について。
私、マインドスクール
というものをやっています。
なぜ「マインド」という
言葉を付けたのか?
自分でも不思議だったの。
だって伝えているのは
思考法とかじゃ全然ないから。
私の中では
「これまでとは全く違う
だけどこれが本来のマインド」
と捉えていて、
それをお伝えしているんです。
人がこれまでマインド(思考)
だと思っていたものは、
感情の影響を強く受けていて、
まだ「本来の姿」になれていない。
機能の全体が開花してなくて
部分的にしか使えていない感じ。
それって不自然だし
なによりもったいない。
けれども「本来のマインド」に
なっていくためには、
確かに「大きなシフトチェンジ」が
必要で、
それは「突然変異」を
誘発していくための準備、
みたいなものではある。
「未来のルールの可能性を示す」
についてはどうだろう?
これまでの社会は
ある意味で「腐敗」していると
思うのですが、
それは必要なプロセスで
その先があるよねってだけ。
マインドの突然変異は
「認識」という機能そのものを
変化させていくことなんだけど、
それは次の時代の
「当たり前」になっていく
という確信があって、
もちろんそこには
個性に対する理解と尊重も
含まれている。
「個性を真ん中に置いた社会」
になっていかないとさ、
みんな苦しいばかりだから。
そこに沢山の「誤解」が
起こっているだけで、
そこに気づいていく人が
増えれば増えるほど、
社会の構造なんて
何一つ変えなくたって
みんな笑顔になれる。
しかもこれは理想論じゃなくて
「そこにしか行きつかない」
メカニズムになっているというか。
ヒューマンデザインを
実践していけばいくほど、
ここに書いてあることが
「当たり前」になっていく。
部族の未来と、真理のつながり
すがにゃんからの
アドバイスのつづき。
キロンリターンでは
「自分自身も誰も
見たことがないような
現実を見ることで、
未来にとって価値あるものを
発見していき、伝えていく」
という体験をしていくことで
それがインカネーションクロスに
繋がっていくということかなと。
ここも、咀嚼してみる。
「自分自身も誰も見たことがないような現実を見る」
確かに、私が今
お伝えしていることは
これまでの時代からすれば
「誰も見たことがない世界」
かもしれない。
でもそれは同時に
「本来の生き方」
へのシフトであって
ようやくそれをスタートして
いけるところまで来たよね、
みたいな感じ。
源に回帰しているようでもあり
進化の次の段階でもある。
そしてその世界は
一人で入れるものではなく
「一緒に」進んでいくというか。
まあ、進化は全体に
起こるものだからね。
「未来にとって価値あるものを発見していき、伝えていく」
ヒューマンデザインが
それでもありますし、
もっと言うなら
一人一人の内側にある
個性や権威を尊重する
在り方であったり、
そこに向かう体験であったり、
人と人の関わり方の
根底にある前提が
変わっていく感じ。
なのでそれを
「伝えている」と
言われれば、
確かに伝えている気もする。
そしてその先に「真理」との
出会いがあるというか。
まあ、今ここにもあるんだけど。
プロセスが、大事なんだなって。
いきなりそこには
たどり着けないのって
何かが「欠けている」から
なのではなくて、
「人と人の間」
にあるものだから。
本来の位置に戻っていく感じ。
言葉の中に真理はなくて
だけどそれを知るためには
言葉が必要で。
今はまだ、一人一人の
内側にしかそれがなくて、
それが共有されていくには
やっぱり言葉が必要で。
なんのこっちゃだと
思うのですが、
私はそういう世界を生きている。

すがにゃんのリーディングを受けてみて
まず、言葉が力強い。
私のこれまでの体験と認識を
包み込んでくれた上で、
「方向性」を授けてくれる。
これは自分一人では
決してできないこと。
すがにゃんの個性がそこにある。
もちろん深い知識もあってこそ。
そして、
自分と向き合わせてくれる。
これは5/1プロファイルの
記事にも書いた、
「人が自分で治る空間を設計すること」
という感覚かもしれない。
自然と内省が始まるというか。
すがにゃんの言葉を
ただ受け入れるというよりも
そのポイントを見つめる
機会をもらえた感じ。
「ちゃんと自分で確認してね」
って諭してくれているような。
だからか、実は
すがにゃんのリーディングの
振り返りに一番時間をかけた。
深く感じたくなる。
掘り下げたくなる。
まだもっと奥があるんじゃないか、
そんな風に感じさせてくれる。
誘いこまれるというか、
誘惑されているというか(笑)
「適度な圧がある」
これもすがにゃんの特徴だ。
ハートセンターが
色付きというのも
あるのかもしれないけれど、
差し出された言葉が
ほどよい圧によって
安定的に入ってくる。
私は割と忘れっぽくて
すぐに受け取ったものが
抜けていくところがあるのだけど、
心地よいものは
ちゃんと残ってくれる。
すがにゃんの言葉は
一言一句全てが残る。
まったく言葉にムダがない。
とても実用的で、
賞味期限も長そうだ。
何度も聞き返したくなる。
実用性のある言葉は
時に無機質に聞こえることも
あったりするのだけど、
すがにゃんの言葉の奥は
とても温かい。
適度な圧なのは
最終的に相手に委ねる
「スペース」があるから。
そしてそのスペースを
ただ手渡すのではなく、
温かいまなざしで見守ってくれている。
だからそこで安心して
内省ができる。
今こうして書いていながらも
考察が巡っていく。
必要な動きが
適切に起こっている感覚。
そこに安定的な脈がある感じ。
私普段こういう「力強さ」が
まったくない人なので、
なんとも新鮮。
たった10分のリーディングなのに
ものすごく凝縮・圧縮された
価値あるものを受け取った感覚で、
解凍に時間がかかる(笑)
でもきっとこの「時間」は
すがにゃんを感じる時間でもあって
だから長いことは苦ではなくて。
伝えてくれた内容だけでなく
同じ5/1同士として響き合う部分や
ジェネレーター×プロジェクターの
間で起こる化学反応や
すがにゃんの個性から届いてくる
唯一無二性を感じる機会でもあって
それらすべてが
まとめて圧縮されている。
それでいて不思議と
「想いのこもった贈り物」
のようでもある。
無機質な圧縮ファイルではなく。

たった10分でこの量なら
90分のリーディングを受けたら
一体どれだけのものを
受け取れるんだろう?
そんな風に感じさせてくれた。
でもまずは解凍作業を
じっくり味わってみよう。
すがにゃん、ありがとう!
すがにゃんをリーディングした
時の記事はこちら。
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