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今に「ない」なら、未来にもそれは「ない」

2023年に、
ヒューマンデザインジャパンが
開催している養成講座というものに
参加して、(9期生)

そこで数十名の「同期」と
時間と空間と共にしまして。

対面参加メンバー以外に
オンライン参加メンバーもいて
直接会えてない同期もいるのだけど。


その中の数名と一緒に
立ち上げたのが、

愛の新地球コミュニケーション

というFacebookでのコミュニティー。
(月2回ライブ配信しています)

発案者は、のぞみん。


そののぞみんが
先日こんなブログを
アップしてくれました。

のぞみんの記事にもあるように、
実は先日同期5人で集まって

「1人を4人がリーディングする」

という試みがあったんです。


通常、ヒューマンデザインの
リーディングは「1:1」で
行うものですが、

今回は勉強会も兼ねて
敢えてお互いのリーディングを
見せ合って、感じあうという試み。

これがもう、最高に面白かった。


プロジェクター2人
マニフェスティングジェネレーター1人
ピュアジェネレーター1人

というラインナップでしたが
見事にみんなの色が違っていて

それぞれの持ち味、
それぞれの表現、
それぞれの質感で、

「のぞみん」という存在を感じながら
溢れてくる視点と言葉たちは
どれもが「違う」のだけど、

確かにそのどれもが「のぞみん」だった。


ヒトってこんなにも多面体で
自分から見えているその人って
本当に一側面に過ぎなくて

「見られた」分だけ
その人の輪郭がそこに現れる。

4人の言葉がそれぞれに
「自分から見えているのぞみん」
を表現し、

その言葉たちが混ざり合って
「のぞみんというホログラム」を
空間に描いてくれて、

そのホログラムを
のぞみん自身が見つめることで

本当の意味で「外から見た自分」と
「内側から溢れている自分」とが
出会っていくような。


リーディング会では
4人から伝えて終わったんだけど

その後こうしてのぞみん自身が
丁寧に拾い上げてくれて、
じっくりと咀嚼してくれて、

そして吸収されていったものを
また丁寧に言葉にして届けてくれた。

あ、あった。

だった。

ヒューマンデザインというものから、
魂というカタチから
ただ純粋に差し出されたものは、
こんなにも嬉しいものか、と思うのと同時に、

わたしがわたしを「受け取れた」のだ。

この音が聞けたことが、
私はとても嬉しい。
(特に太字の部分)

昔、脳内イメージっていう
アプリゲームみたいなのが
あったけど、

のぞみんの脳内はきっと
「魂」という漢字で
埋め尽くされているのではないかなと。

あ、ちょこっとだけ
「ブラジル」はあるかもだけどw

(ちなみに私は「謎」の一文字で
埋め尽くされておりました)


のぞみんが連呼する「魂」って
なんだろう?って、
ずっと感じていたのです。

わたしにとっては、
その人の仕事が何かより、
何してる人かより、

目の前にいることが全てで
魂まるっとが好き。

いま、目の前に存在していることは
すべてがそこにあると思っていて、

まるっとそのまま受け入れ合うことができて
そして
全てを抱きしめ合うことができる。
その場所を作る。

そんな生き方をのぞみん自身が
大切にしながらも、同時に

「あなたも本当はそうよね?」

と、抱きしめ合える相手を
ずっと探していたのかなって。

相手に向けられた眼差しは
「純粋すぎる」ほどで、

それがゆえに苦しんだり
「なんで??」と感じることも
きっと多かったのではないかなって。


そんな「一人旅」を
きっと誰もがしていて、

それはある意味で孤独でもあるし
報われない、満たされない道のり
でもあると思います。

けれども、行き止まりじゃない。

なぜなら人は、止まれないから。

だから、いつか必ず
どこかにはたどり着く。


「進む必要がなくなる」その時が
「理解」なのか「死」なのか
それはどちらでもよくて

止まる時には、止まるだけ。

止まるその瞬間までは
進み続けるしかない。

目の前にいることが全てで
魂まるっとが好き。

そんな風に何度も何度も
誰かに向けて表現してきた言葉は

自分が何度も何度も
聞いてきた言葉。

それはのぞみん自身が
「全て」から「まるっと」
好かれているということを
教えてくれている。


その「全て」とは
のぞみんの体でもあり
その奥に広がる宇宙でもあり

その前に立っているのぞみんを
後ろからずっと抱きしめている♡

「その場所を作る」とあったけど

作らなくても既に
のぞみんの「肉体」こそが
「その場所」ではないかしら?

動画を見返した時の喜びは、
わたし自身が抵抗なく、

「与えられたものを受け取れた瞬間」

だった。

それは単に、4人の言葉を
受け入れたということではなく、

「いつでも自分が自分に与え、
自分が自分から受け取っていた」

ことも含まれている、と
私はこれを読んで感じました。

最後に、ブログ内で私のことを
こんな風に紹介してくれました!

プロジェクターが自分らしく生きることって
なかなか難儀な道だと思うんだけど、
実践・実験・研究っぷりが半端なく、
自分の役割を真剣に極めようとしてる。

それは単に自分を生きるということなんだけど、
粛々とやってきたんだなぁと思う。

プロジェクターとして生まれた人生をまっとうしようとしている姿は潔い。

答えを渡さず、相手に曖昧なものをそのまま差し出してくれるのも、信頼できるプロジェクターという証だなと思う。

「自分の役割を真剣に極めようとしている」

素敵な言葉で表現してくれて
ありがとう!

これ、極めれば極めるほど
「これしかできない」
自分に狭まっていくのが面白いから、
もう辞められない(笑)

「答えを渡さず、相手に曖昧なものをそのまま差し出してくれるのも、信頼できるプロジェクターという証」

これ、嬉しい。

「答え」は私の中にはないから
どうしても「これです」とは
差し出すことができない。

だけどもどうしても「そこ」に
気づいて欲しい。

その狭間での葛藤の結果が
今の私のスタイルを
作ってくれたと思うのですが、

こうして「認識」してもらえることは
プロジェクター冥利に尽きるのです。


お互いにタイプが違うからこそ
伝えあえるものがあって
教わりあえるものがあって

私ものぞみんと出会えたからこそ
体験させてもらえたものが
本当に沢山ある。

それは私の人生のフィールドで
何度も何度も活かされていて、
のぞみんの影響力を感じているよー。


まだまだ未熟な私たちだけど
だからこそ起こる摩擦があって、
気付き続けることができて、

お餅だろうが蚊だろうが
楽しいからいいね(笑)


のぞみんの「魂の響き」
あなたもぜひ感じてみてね。


ふっこ



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