"仕事のできるエンジニアしかいらない"という怖い世界 -続き-
ゴボウくんとはじめて2人でミーティングした時のことはよく覚えている。
説明しておくとゴボウくん(もちろん仮名)というのはぼくがアメリカで一緒に働くエンジニアで、同じ開発チームの"仲間だった"。
くるくるの天然パーマとまんまるとしたフレームの黒メガネがトレードマーク。まだ大学を卒業したばかりということもあって見た目は大人と子供の境界線を行ったり来たりというような感じ。まだまだあどけないというのが率直な印象。
お互い自己紹介を簡単に済ませたあとぼくは「これからどんなキャリアを歩みたいの?」とカジュアルに聞いてみた。するとゴボウくんはくりくりとした目を輝かせながらぼくにこう語ってくれた。
いつかぼくはスンダー・ピチャイみたいになりたいんです!!!
スンダー・ピチャイというのはGoogle (および親会社Alphabet) のCEOのこと。インド出身で世界的なテクノロジー企業のトップを務める彼は若いインド人から見るとヒーローなのだ。
きっと日本の野球少年が大谷翔平に憧れるように、インドの若者はGoogleのスンダー・ピチャイに憧れる。同じくインド出身でMicrosoftのCEOを務めるサティア・ナデラも希望の星だ。そんな彼らが歩んだような夢のようなキャリアを自らも辿ろうと毎年インドからたくさんの若者が海を渡ってアメリカへとやってくる。
ゴボウくんもそのうちの一人だった。野心と希望に満ち溢れて「アメリカン・ドリーム」ならぬ「インディアン・ドリーム」を掴むべくテクノロジー業界という大海原へと飛び込んだところだった。
でもそこに待っていたのは厳しい厳しい競争社会だった。
ゴボウくんはもうこの職場にはいない。ぼくがゴボウくんを"仲間だった"と表現したのはこれが理由だ。
世界でトップの開発チームを作るためには「熾烈な競争」というものが「仕組み」としてなくてはならないのかもしれない。そこでは「仕事ができるエンジニア」こそが求められ、「仕事ができないエンジニア」には居場所が与えられない。「みんな違ってみんないい」では通用しない資本主義社会のシリアスな現実がそこにはある。
ゴボウくんはパフォーマンスの低さが理由で大事なプロジェクトから外れたあと、ほどなくしてチームを去り、そして会社を後にした。ぼくはこの厳しい体験を通してまたひとつアメリカ社会のタフな生き方を学んだ。そんなこんなの経緯については以下の記事でじっくりと書いた。
話は終わらない。
ぼくはこの「続き」としてどうしても書きたいことがある。ゴボウくんのことではないけれど、ぼくが今働いている新しいチームで起こったある出来事について綴ってみたい。
ダイコンさんとレンコンさん
まずは彼の話から始めよう。
ダイコンさん(もちろん仮名)はエンジニアを束ねるマネージャーだ。アメリカでは誰もが知っているステートファームという保険会社で20年間しゃかりき働いたあと、ぼくらが今働いている外資系IT企業のアメリカ本社の門を叩いた。今ではアリゾナの砂漠に立つオフィスで6人のエンジニアから成り立つチームを率いている。
つるつるのスキンヘッドと限りなく透明に近いブルーの瞳が印象的な彼はチームの屋台骨。家族思いの頼れるパパでありながら、若いチームメンバーへの小まめなケアも欠かさない。会話の7割がジョークを占める愉快な人でもある。絵に描いたような「気のいいアメリカ人の中年男性」という感じ。
ぼくはPM (プロダクトマネージャー) としてダイコンさんとそのチームと密に連携しながらプロダクトを開発している。ぼくは普段シアトルで働いているけれど、ちょくちょくアリゾナのオフィスに足を運んではエンジニアの仲間と仕事やプライベートに関する話で盛り上がった。
ダイコンさんのチームは20代半ばぐらいのアメリカ人やインド人のエンジニアが中心だった。その中で一人ちょっとキャラの違う輩がいた。
唐辛子のようなフォルムの細長い顔に銀色の薄いフレームの丸メガネ。髪は黒く短くチリチリで、あごには男らしい黒ひげがぐるっと覆う。レンコンさんはそんな見た目だけじゃなく、一人だけ40代に近いおっさんというところが印象に残る人だった。
レンコンさんはこれまた愉快な人でいつも軽いジョークを飛ばしながら卒なく仕事をするタイプのエンジニアだった。ふざけた話をするときはにっこりと笑う人だった。経験も知識も豊富でチームからも慕われていた。
ただレンコンさんと仕事をしていく中で少し気になることがあった。それは「極度に責任を負うことを避ける」ということだった。少しでも分が悪いなと思うと「○○さんがこう言ってました」と力なくコメントだけしてまるで観客席から試合会場を覗き込むようなスタンスで傍観してしまう。ぼくは一緒にプロジェクトを進めていく中でそんなレンコンさんの仕事の進め方は気にはなっていた。
でもぼくが神経質なのかなと思う程度だった。それだけで済んで欲しかった。
レンコンさんの卒業
ダイコンさんは「ちょっと話がある」と言う。その時点でイヤな予感がした。
あのさ…レンコンさんのことどう思う?
どれだけ仲の良いチームでも「パフォーマンスに問題がある」というラベルがついてしまうと何らかのアクションをしないといけない。ダイコンさんはいつになく神妙な表情を浮かべてぼくの意見を求める。
ぼくは本当にこういう類の仕事がイヤだ。切磋琢磨する仲間にフィードバックをするのは辛い。ただこれも仕事のうち。そう自分を諭して、ぼくはレンコンさんの良いと思うところ、そうでないと思うところについてコメントした。
ありがとう。
ダイコンさんはいつもとは違うビジネスライクな作り笑いを浮かべてそう短くお礼を言った。そうしてミーティングはあっさりと終わった。
ぼくはふっと息をついてコーヒーを飲んだ。ゴボウくんの顔が頭に浮かんだのは言うまでもない。
そしてその日がやってきた。
今日は大事な話があるんだ…。
実はレンコンさんが卒業することになりました。
ダイコンさんはチームのミーティングで伏目がちにそう告げた。
チームの若いエンジニアはパソコンをカタカタと叩くのをやめ、静かにさっと顔をあげた。誰も笑ってもいなかった。むすっとした表情を浮かべながら、ごくりとその事実を飲み込んだ。そしてそこにはもうレンコンさんの姿はなかった。
そこにいた誰もがレンコンさんが去った理由を理解していた。そしてそれに抗おうともせずにまるで自然の摂理のように受け入れた。雨が降ったら傘を差すのと同じように、こともなげに対処するのだった。
ぼくらは席に戻り、いつも通り仕事に励んだ。そして何事もなかったかのように毎日は過ぎていった。
白菜くんの旅立ち
月日は流れ、ぼくらはせっせと仕事をしながら幾つものプロジェクトをこなしていた。忙しい日々の合間を縫って、ぼくはまたアリゾナへと出張をした。久しぶりにチームに会うのが楽しみだった。
今日は嬉しいお知らせがあるよ。
5年間チームで頑張ってきた白菜くんが人生の次なる挑戦をするために会社を離れることになったんだ。みんなで白菜くんの門出を祝おう!
白菜くん(もちろん仮名)は20代後半のエンジニアでチームの若手エースだ。ジェルでパキッと固めた金髪と薄いブラウンの瞳がかっこいいアメリカ人。はっきり言ってイケメンで、これで愛想も良くて感じも良いと来たらモテるに決まっている。白菜くんは新卒でチームに入って酸いも甘いも噛み分けながらメキメキと成長していった。まるで少年が一人の立派な大人になるようなプロセスをチームのみんなは目撃してきた。そうした経緯もあってチームメイトが白菜くんへと向ける眼差しは限りなく温かかった。
「人生の次なる挑戦ってなにー?」とぼくは白菜くんにふらっと聞いてみた。するとニコッと笑いながらこう返事をしてくれた。
会社を辞めて日本に行くんだ!ぼくは日本人のガールフレンドがいるんだ。彼女が住んでいる東京に行ってとりあえず1年住んでみるよ。
ぼくは「まじで!?」と驚愕しつつ当然ながら会話は盛り上がった。日本人の彼女と出会った経緯について白菜くんはニコニコしながら語ってくれた。そしてぼくからは大人になって過ごした10年間に及ぶ東京での生活について話した。なにかの役に立ったらいいなと思った。
今日のランチは白菜くんを送り出すためにレストランを予約しておいたよ。11時半にみんなでそのレストランに行こう。
ダイコンさんはいつも通りテキパキと調整しながらランチの予定をチームに伝えた。約束の時間になり、ぼくらはアリゾナのオフィスを出て砂漠の中にぽつんと立つ大きなアメリカン・レストランへと向かった。
信じられない光景
ダイコンさん、白菜くん、そしてぼくを含めたチームがテクテクと歩くこと15分。まるで小学校の体育館ほどある大きなレストランに着く。店の周りにはファンキーな形をしたサボテンが赤茶けた土の上で個性的な佇まいで並んでいる。おしゃれでラグジュアリーな店内は平日にも関わらず人で溢れていた。
ぼくらは席どこかな?と顔をふりふりしている。するとその声は聞こえた。
おーい、ここだよん。
ぼくはその声がする方に目をやった。そこには信じられない光景があった。
レンコンさんがいる。
彼はみんなの席を確保して待っていた。「こっち、こっち」と手を振りながらぼくらを招いている。
そんなはずはないだろ!なんで会社を辞めたレンコンさんがここにいるんだ。しかも明らかにネガティブな理由でチームを去ったレンコンさんがなんでこの場にいるんだよ!?
ぼくは驚愕した。そしてどんな顔をしていいか分からなかった(こんな時はきっと笑っちゃいけないはずだ)。
おーレンコンさん、ありがとう!久しぶり、元気か!?
そんなよそよそしいぼくを差し置いてダイコンさんはそう返事をする。そして急ぎ足で駆け寄るやいなや、レンコンさんと固い握手を交わした。白菜くんやチームのメンバーもスマイルを浮かべながらレンコンさんとの再会を喜んでいた。ぼくはダイコンさんに思わず「レンコンさんも呼んだんだね」と言いそうになったけれどその言葉が口から飛び出すことはなかった。
そのランチは忘れられない。ぼくらは白菜くんを囲んで彼のこれまでの活躍を労いながら、過去のあれこれについてざっくばらんに話した。とんでもないバカ話もあったりして爆笑した。白菜くんがたくましく大人になっていく様を振り返ってみんなはとてもエモーショナルな感慨に浸っていた。そしてレンコンさんはあの時のようにふざけたことを言ってはにっこりと笑っていた。レンコンさんの真向かいに座っていたダイコンさんも一緒になって腹を抱えて笑っていた。
ぼくは最初ずーっとレンコンさんの方を見れなかった。なんだか彼の顔を見てしまうと余計な質問が頭によぎった。
「実質的にクビにされたようなチームだぞ!再会してイヤじゃないのかな?」とか。
もしくは「新しい仕事には就けたのだろうか?」とか。
でも誰もそんなこと気にしていなかった。ダイコンさんも、白菜くんも、そしてレンコンさんも。
ぼくらはひとしきり思い出話に花を咲かせた。そしてこれから始まる日本での大冒険について白菜くんの話をワクワクしながら聞いた。あっという間に時間は過ぎてランチは終わりを迎えた。
レストランを出てぼくらは別れのあいさつをした。レンコンさんにだ。
ダイコンさんと白菜くんはレンコンさんと熱い抱擁を交わした。
またどこかで会おうな!
そうお互いに挨拶を交わしてそれぞれの場所に戻った。ぼくらはオフィスへと戻り、レンコンさんは自分の車へと戻った。
レンコンさんがアリゾナの砂漠を車で走り去る姿が見えた。彼の行き先は誰も知らなかった。
"仲間だった"じゃない。"仲間なんだ"。
ぼくは大きな誤解をしていた。
たしかにぼくらの仕事は厳しい。そこには競争で勝ち抜いていかなくてはいけないタフな世界がある。普段は仲睦まじくコミュニケーションを取っていても互いがライバルでもあるということをちゃんと理解している。そして中にはその競争から脱落する者がいるというルールも心得ている。
でもそれはあくまで「仕事」の話なのだ。仕事を抜きにすればぼくらは仲間であり友達だった。職場では資本主義社会のルールに則って自分の役割を演じている。でも仕事を離れたところではそれとは異なる別の掟があり、それを律儀に守っていた。
「能力」ではなく「性格」で人を見る。利害関係なしに人と付き合う。そんな当たり前のようでいて難しく、それでいて人生を確実に豊かにする術をちゃんと分かっているように見えた。
ぼくはオフィスに戻りこの事実に気付いてハッとした。そしてなんでアメリカに住む人たちが家族や友人をこれほどまでに大事にするかということが初めて理解した。そしてぼくはチームメイトのみんながレンコンさんと築いた友情を思うと目頭が熱くなった。
たしかにレンコンさんはもうここでは働いてはいない。
でも"仲間だった"じゃない。今でも"仲間なんだ"。
ぼくはオフィスの窓から赤茶けた山とあてどなく広がる砂漠を見ながら涙がつーっと頬を伝ったことに気付いた。なんだかバカみたいだったけど、とても大事なことをまた一つ学んだ気がした。アメリカ、そして資本主義社会でサバイバルしていく中で「どうやってあるべき人間であり続けられるか」ということのヒントをつかんだ気がした。
ぼくは席に戻ってスマホを取り出した。そしてLinkedinを開いた。
検索してある人を探した。ゴボウくんだ。
ぼくは臆することなくメッセージを送った。「元気か?」と短い言葉をかけた。
きっと元気だったらいいな。そう思いながら今もこうして彼の返事を待っている。

今日はそんなところですね。ここまで読んでくださりありがとうございました。
シアトルの家の近くにて。海の近くをテクテクと散歩しながら。
それではどうも。お疲れたまねぎでした!
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きっとおもしろいこと書きますので!