思考の反逆はトラウマを想起させる
今日は、意識変容に至る過程で、思考が起こした強い反逆について書きたいと思います。
脳と意識を研究されているネドじゅんさんの「意識変容」のステップでいう⑤にあたりますが、実は強い反逆は一度ではありませんでした。
①思考を止めること
②直観を信じること
③意識を「いま・ここ」に集中すること
④思考が引き戻そうするので、そのたびに直観を選ぶこと
⑤最後に思考が強い反逆を起こすので、それを乗り越えること
前回の思考の引き戻しの精神的ダメージの大きさと比較すると、以下のようなイメージです。
前回の思考の引き戻し <<< 1回目の思考の反逆 <<<<<<<<<<<<2回目の思考の反逆
ダメージの大きさの違い、伝わりますでしょうか。思考の反逆とは、別名「左脳の逆襲」とネドじゅんさんの著書では書かれています。
感情をともなってグルグル流れる、自分にまつわるひとりごとのような思考(自動思考)で肥大化した、自意識にまつわる思考が暴れだし、騒ぎ立てる・・・そんな感じかと思います。
逆襲にはサインがあるので、対策は可能なのですが、いかんせん「逆襲」なだけに、ちょっとの揺れ戻しとはレベルが違う胸騒ぎのような感じでした。
まずは、逆襲が起きていることに気づくこと。
左脳さんは、感情的な思考にあなたを乗せようとしますが、そのことに気づくことで対処が可能になります。(略)
この逆襲には、サインがあります。弱点をついてくること自体がサインです。ですから、自分が対人関係でどういう弱点があるタイプかを知っておくことが最重要です。それは、人間関係のクセみたいなもの。その型にハマると思考が暴走してしまうクセです。
私の人間関係のクセでいうと、「臭い物には蓋をする」タイプでした。
前回書いたように、男性の暴言や物にあたるなどの暴力、不機嫌で威圧的な言動が大の苦手なのですが、そういった場面に出くわしたときには、ひたすら「場が収まるのを待つ」ということを選んできました。
幼少期から、父は兄がなにか父の意に反したことをすると、執拗に兄のことをしつけと称して怒鳴りつけ、暴力を振るっていました。
おしりが赤くなるまで大人の全力の力をこめた平手でたたくなど・・・。
私に対して暴力を振るわれた記憶はないのですが(幼い頃、菜箸で頭をペチンと叩かれたくらい)、2歳差で一緒に育った兄が結構な頻度で父の暴力を受け、泣きはらしている姿を何度も見てきました。
そういうトラウマ(逆境的小児期体験)があるせいか、暴言や暴力に発展しそうな場面(実際にはそうはならなくても)に出くわすと、被害を最小限に収めるためにも「何もしないで黙って耐える」という選択をしてきました。というか、それ以外に方法がわかりませんでした。
父の暴言は兄だけでなく母にもおよんでいました。
それは、近年さらにエスカレートしている印象を受けていました。
私の母は、12年前に50代で脳梗塞を患ったのですが、左脳の大きな手術をした後遺症で右半身不随になり、言語障害が残りました。
母の懸命なリハビリと周囲の支えによって、今では自転車に乗ったり料理をしたり、日常生活に支障がないほどまで回復しました。
しかし、言語障害だけは完全には回復せず、本人としても言いたいことはあるけど言葉が出てこなかったり、語彙や表現方法が誤っていたりします。
そういった後遺症を持つ母と生活していることへのストレスなのか、原因はわかりませんが、父の母に対する怒号や、執拗に責め立てるなどの言動は増えていきました。
では、なぜ私の両親の関係が、今回の思考の反逆に関係があるのかというと、産後のワンオペ生活で疲れ切っていた私は、月の1/3から半分ほど、実家に滞在するというパターンの生活になっていました。
0歳の娘の夜泣きが1~2時間起きという生活が10か月以上続いてきて、心身ともに疲労困憊だったのです(もともと睡眠がとれないとダメなタイプです)。そのため、月の約半分を実家で暮らして休養していました。
ただ、そうしていると、当然そういったトラウマを想起させるような父の怒鳴り声や叱責の場面に出くわすことになります。
1回目の思考の反逆のときは、私が出先から帰宅すると、母が泣いており、父がいつまでも母に叱責を続けていました。
すぐにこれが「左脳の逆襲」であることには気づきましたが、それを止める術をもっていません。
なので、ネドじゅんさんのnoteにある「オカン式・願望実現法」に書いてあったやり方で、必死に家族が平和に笑っている絵を思い浮かべました。
そして、嵐は絶対に過ぎ去ると確信をし、家族に平穏が戻るように、そしてそのためにふさわしい行動をとれるように強く念じていました。
すると、おなかの方からあるリズムが湧き上がってきました。
この間のアナ雪の鼻歌のように。
直観からおりてきたリズム(ピーポーパーポ、ピーポーパーといいながら指を鳴らす踊りつき)を鏡の前で口ずさむと、その姿が我ながらアホらしくて笑えてきます。
いつものように「何もしないで黙って耐える」だけだと、自分の無力さを感じて悲しくなったりなにもできない自分に対して惨めな気分になることもありました。
しかし、般若のような怖い顔をした父を横目に、直観からおりてきたリズムをこっそりつぶやきながら過ごすと、恐怖感が減っていきました。
そうしていると自分のテンションも自然とあがってきて、娘とご機嫌に遊んだりしているうちに2~3時間で嵐のような外側の出来事はおさまり、家族に笑顔が戻りました。
ここまでの一連の出来事が、一瞥体験の3日前でした。
無事(?)思考の反逆も乗り越えた先には、意識変容に至る最初の試験のような出来事が起こりました。
次回はそのことについて書きたいと思います。
