【旅】ケン・リュウ原作 映画『Arcアーク』と香川県の美
ことでんに乗って
もし、外国人に日本でいちばんのお勧めの旅行先を聞かれたら、きっと香川県を答えるだろう。
筆者は香川県には親戚がいる縁で、子供の頃から何度も訪れているが、温暖な気候と穏やかな風土に包まれ、見所も多い。
県内を走っているのは、琴平電気鉄道(通称ことでん)である。昭和レトロの香りが漂うことでんは、高松市内の駅ならともかく、親戚が住んでいる田舎の駅は無人駅である。数年前にようやくコイン式券売機やエレベーターが整備された。ちなみに、秘境というわけでもなく、わりと普通の住宅地なのだが……

しかし、香川県は古いばかりの場所ではないのである。
ケン・リュウ原作映画「Arc」と香川県
ここ数年、中国SFがちょっとしたブームになっている。最大の話題作は劉慈欣の『三体』であるが、実は『三体』は2008年の出版であり、中国のSF界では以前からよく知られた作品だった。
この『三体』の国際的なブームをつくり出したのは、英訳者であるケン・リュウ(劉宇昆)の功績によるところが大きいとされる。
自身もSF作家であるケン・リュウは、中国で生まれ、11歳で家族とともに渡米し、英語で執筆するSF作家として活躍する。ケン・リュウの作品は、生命や宇宙をテーマにしつつ、個人としての愛や感傷に寄り添う叙情を忘れない。
「Arc」という作品は、自由と永遠の若さがテーマでなる。主人公のリーナという少女は、家族を捨てて放浪し、就職した会社で死体を保存する仕事に就く。その会社――エターニティ社は永遠の若さを維持する技術をつくり出し、彼女は最初の被験者となる。新たな家庭と長い青春を得た彼女は、最後に何を選択するのか。
「Arc」は2021年に日本で映画化されている。プラスティネーション――死体を保存するための技法――のシーンでは、死体に結ばれた糸を舞うように華麗に操り、死者のポージングを決める演出が追加された。無機質な床と壁に、外部からの光が入る開放的な建物が、エターニティ社の社屋である。はじめはおずおずしていたリナは次第に成長し、次期社長の目に留まる。
香川でぜひとも訪れたいと思っていた場所が、この映画のロケ地である香川県庁東館だ。生命科学の最先端を走るエターニティ社のシーンは、実は香川県庁で撮影されたものなのである。


また、主人公が晩年を過ごす海辺の家は、小豆島で撮影されたという。小豆島の場面は、青々とたゆたう海の色から、瀬戸内海のどこかだと想像できるが、いかにも最先端技術にふさわしいシャープで開放的なデザインのエターニティ社のシーンも、香川県で撮影されていたとは驚きだった。
確かに、リナが優美な舞いとともに死体にポージングを施していた建物は、この香川県庁である。残念なことに、訪れたのがちょうど休日だったので建物の中には入れなかった。
さらに背景を調べて驚いた。
香川県庁東館の竣工は半世紀前のことなのである。
当時の知事の発案により、建築家・丹下健三が設計し、1958年に竣工した。
1 9 5 8 年
この時代の日本は高度経済成長が始まったばかりであり、まだ新幹線もない、テレビは白黒、そんな時代である。近未来に見えたものは、困難な時代にもかかわらず、現代にも通用する美意識をもって県庁舎を建てた香川県の先見の明であった。
香川の美は未来に
香川県は決して古いだけの田舎ではない。高松や直島や豊島など瀬戸内海一帯は「瀬戸内国際芸術祭」で知られるアートの名所である。むしろ、香川を歩いていると、最新のデザインと古くからの地域性が共存しているように見える。


商店街はわたしが子供の頃より賑わっているようだ。

1階では「瓦せんべい」という固すぎる煎餅を販売
高松市美術館では、「五大浮世絵師展」を開催していた。しかし企画としてより興味深いコレクション展があった。

今回のコレクション展は公募で集まった地元の中学生たちが、以下の方法で展示を企画したという。
全5回のプログラムを通して、美術館の役割やキュレーターの仕事、美術作品のことを学び、それぞれが気に入った作品を選びながら、テーマの設定や出品作品の選定、展示方法の検討等を行いました
他の美術館で見たことのある画家の作品でも、中学生の選択によるというだけで、異なる見方ができるようだ。奈良美智や村上隆の子供にも親しみやすそうな主題の作品が選ばれる一方で、堂本尚郎や岡本太郎による抽象画も選ばれている。色彩や躍動感は、世代を超えて伝わるのだろうか。
こうした企画は、準備や実行に多大な労力を必要とすることが想像される。同時に、美術が好きな中学生にとっては、何物にも替えがたい貴重な経験になったはずだ。香川県がいかに美術教育に力を入れているかがわかった。
伝統が未来へつながり、未来は過去のなかに折りたたまれている。あたかもリナが糸を繰ることで死者の生きた時を紡ぎ出してゆき、自らのまだ見ぬ永遠の生に飛び込んでゆくかのように。アートへの関心は今後とも受け継がれていくだろう。
