人物と思想(20) ロールズとロビイング――無知のヴェールは現実政治に何を問いかけるのか
■ 理想モデルの意味――非現実性と分析の切れ味
理論の世界では、あえて現実には存在しない前提を置くことで、物事の構造をくっきりと浮かび上がらせることがある。たとえば、摩擦のない世界を仮定する古典力学や、取引費用が存在しない状況を想定する経済理論は、その典型である。
こうした前提は非現実的である。しかし、その非現実性ゆえに、現実の中に埋もれている本質が見えてくる。重要なのは、これらが現実をそのまま説明するためのものではなく、現実を評価したり分析したりするための基準を与えているという点である。
ロールズの理論も、このタイプの思考装置として理解すると分かりやすい。
■ ロールズの正義論と無知のヴェール
John Rawlsは、社会の基本的なルールがどのような条件のもとで正当化されるのかを問うた。その際に提示されたのが「無知のヴェール」という思考実験である。
無知のヴェールのもとでは、人は自らの具体的な属性を知らないと仮定される。自分が富裕層なのか貧困層なのか、健康なのか、どのような価値観や人生観を持つのかといった具体的な情報は遮断される。
このような状況に置かれた合理的な個人は、自分がどの立場になるか分からない以上、最も不利な状況に置かれた場合でも受け入れられるルールを選ぶはずである。より正確には、最も不利な人々の状況を最大化するという考え方(いわゆる格差原理)が導かれる。
ここで誤解されやすいのは、この思考実験が現実の政策決定の方法を示しているわけではないという点である。ロールズがやっているのは、現実の政治を説明することではなく、「どのようなルールであれば正当と言えるのか」を考えることである。
■ 現実の政治とロビイング――利害調整の世界
一方で、現実の政治はどうかというと、これはもう完全に利害の調整の世界である。
企業、業界団体、市民団体など、さまざまな主体がそれぞれの利益を掲げて、政策決定者に働きかける。その過程は競争的で、ときにはかなりドロドロしている。しかし、それは政治の本質でもある。
ロビイングは、まさにこの利害調整のプロセスを象徴する現象である。したがって、ロビイングの存在そのものを否定することは、現実の政治を否定することに近い。
■ ロールズとロビイングをどうつなぐか
ここでようやく両者がつながる。
ロールズはロビイングについて直接論じているわけではないし、ロビイングの実務に対して何か指針を与えているわけでもない。ここは誤解してはいけないポイントである。
ただし、ロールズの理論は、ロビイングを含む現実の政治を評価するための基準を提供している。
問われるべきなのは、利害の競争そのものではない。その競争が、どのような条件のもとで行われているのかである。
資金力や情報アクセスの差によって、特定の主体だけが強い影響力を持つ構造になっているとしたら、その結果は、無知のヴェールの下で合理的に受け入れられるものとは言えないかもしれない。
■ 見えてくる論点――利害構造の分析へ
こうして考えると、焦点は少しずれてくる。
問題はロビイングの有無ではない。問題は、どのような利害構造が、制度の正当性を歪めているのかという点である。
ロールズ自身は、こうした利害構造の分析を直接の対象としているわけではない。しかし、その理論を現実に接続しようとするならば、この分析は避けて通れない。
無知のヴェールは、利害を消し去るための装置ではない。利害に満ちた現実を測るための基準である。
その意味で、ロビイングの研究は、単なる利益集団の動きの分析にとどまらない。制度がどのように歪められているのかを明らかにする作業でもある。
利害の競争は避けられない。しかし、その競争のルールは、設計することができる。
